フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第29話>
<第29回目>
まだ熱を持ってる目で、やっと冨永さんを睨みつける。
いつもは穏やかな細い目が見開かれていて、そのことがさらに、怒りに火がついたあたしの心を逆なでする。
「何が彼氏だ、何が大丈夫だ、何が言えだ!! セックスもしてねーくせに、えらそーなこと言うな!!」
「凛」
「どーせ正直に言ったら、てめーも無責任にこの仕事辞めろとか言うんだろ! さんざん心配して同情して、じゃあ辞めろってそれだけだろ」
「そんなこと」
「そんなことあるだろが!! あたしは今、風俗辞めるわけにいかねーんだよ。日々の生活も、ネイルスクールの費用もあるし、小学校だってろくに行ったことなくて、コンビニのバイトさえしたことなくて、ほんっとーに、この世界しか知らない人間だから、そう簡単に普通の仕事とかできねーんだよ!! あたしだってこんな仕事嫌だよ、ただなんとなく続けてるだけだし、別にプライドとかねーし、辞めれるもんなら今すぐ辞めたいわ!! でも、そんなわけには」
「凛、落ち着いて。外に聞こえてる」
はっとして口をつぐむとオール帰りのサラリーマンなのか、駅に向かって歩道を歩いていく背広姿の男3、4人が、気味悪そうにこっちを見ていた。フロント部分にはスモークは貼ってない。中は丸見え、大声は丸聞こえ。
「とりあえず、場所移そう」
冨永さんがクラッチに手をかける。
いつも変な冗談ばっかりで、大声でゲラゲラ笑うことも本気で怒ることもない人だけど、こんな時までいつものままなのがムカつく。
あたしの涙は、あたしの怒りは、この人の心を乱すことはないのか。
冨永さんにとって結局あたしはその程度なのか。
「家でいい?」
「やだ。ラブホテル向かって」
2人の間で時間が静止して、エンジン音がよりくっきりと聞こえた。
付き合い始めてからずっと、いつかは、ってひそかに思ってたのに、なんでこんな誘い方しかできないんだろう。
「ラブホテルならどこでもいい。すぐ行って。行かなきゃ殺す」
「わかった」
いつもの交差点でいつもと違う方向に、ハンドルが切られた。
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