ブーティー・ギャング・ストリッパーズ<第37話>
<第37回>
ダンスが終わると、柾はダンサー用の控室に一旦立ち寄ったものの、すぐに出て行ってしまった。汗を拭き、着替えるという普段と同じ行動だったものの、そのスピードがいつもの数倍早い。やはり伊藤は待たせるわけにはいかない上客なのだ。
控室はダンサー用といっても、上位数名の売れっ子しか入れない。そう決まっているわけではないが、そんな雰囲気になっている。新人はフロアやバーカウンターで接客をしたり、フロアの隅で先輩のステージを観て研究したりする。
しかし柊太郎は、柾のステージが終わった後はいつも一緒に控室に入るよう柾自身にいわれていた。雑用ができたとき、すぐ聞いて動くためだ。
いつもは飲み物を持って来いだの、制汗スプレーを背中に掛けろだの命令してくるのに、そんなことも今日は言わなかった。一分一秒でも早く出ようとしているみたいだった。
柾が消えると、同じ部屋にいたミシェルがふん、と鼻で笑った。
「いい客を捕まえたもんだよな、あいつも」
普段一緒に控室にいると何かと柾につっかかるミシェルだったが、さっきは何もしなかった。上客を待たせていると柾にちょっかいを出したら、和泉に叱られるからだろうか。
「あの人……伊藤さんはどういう人なんですか?」
口ぶりからして、ミシェルは伊藤のことを少なからず知っているようだ。先輩に客について尋ねるのは、べつに禁止されてはいない。柊太郎は不安と好奇心の赴くままに訊いてみた。
「ゲーム開発会社の社長だよ」
ミシェルは、以前は柊太郎もよくやっていたあるオンラインゲームの名前を口にした。通信対戦やガチャシステムなど、いろんなゲームのヒット要素を集めて10代から20代を中心にブレイクしたゲームだ。
ダンスを始めてからは時間がなくなったので離れてしまったが、以前はバスケの練習がない日によくログインしていた。
伊藤の会社はそのゲームが爆発的に売れたのをきっかけに、次々と新たなタイトルをリリースしている。
「あの人が……」
柊太郎はゲーム画面を思い出しながらぽかんと口を開けた。
「よくいらっしゃるんですか?」
「月に一度ぐらいかな。最近は忙しくて来られなかったみたいだが……それとも柾に飽きたかな」
ミシェルは上げて底意地の悪そうな笑みを浮かべる。柊太郎は二人の先ほどの様子からそれはないだろうと思ったが、口にはしなかった。
「来るたびにVIPルーム貸し切りで、いちばん高いシャンパンをバカスカ開けて、機嫌がいいときには俺たちにも景気よく飲み食いさせてくれて……まさに客の鑑だぜ。ああいう客ばっかりだったら、どんなに商売がラクかって話だ」
「柾さんもそう思ってるんでしょうか?」
「そりゃそうだろ……って、お前、まさか」
ミシェルは目を丸くして柊太郎を覗きこんだ。
「柾が伊藤サンに惚れてるんじゃないかとか、思ってるわけ?」
「いえ、それは……」
柊太郎は言葉を詰まらせる。さすがにそれはないと思っているが、二人の関係が気になることには変わりない。
ミシェルはすぐに察したようだった。
「VIPルームでのベタベタぶりを見せつけられたんだろ? お前な、あんなの演技に決まってんだろ。ま、その演技でさすがの長者様も骨抜きにされて……今夜は骨以外のものもたっぷり抜きつ抜かれつするんだろうけどな」
ミシェルは「はっ」と笑い捨てて、控室を出て行った。
柊太郎は一人残された控室から、しばらく動くことができなかった。
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