泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第7話>
<第7話>
欠伸が出そうになり、ワゴン車を運転するボーイさんが気になって、慌ててかみ殺す。
研修1日目にしてやる気のない新人だって思われたくない。
時刻は朝の8時ちょっと前で、2年生になってから1限目ナシの時間割を組んでるので、こんな時間に起きて行動するなんて随分久しぶりだ。
面接の時にも乗ったワゴン車は下町風情漂う街を走り抜け、やがて店が近づいてくる。
わたしでもその名を知っている吉原は、ソープランドばかりがずらりと道の両側に立つ日本有数の色町で、白っぽい朝の光の中色とりどりの看板が目を引く。
働くことになった『ローズガーデン』は、お昼12時からの営業だけど、中にはこんな時間からやっている店もあって、道行くお客さんをつかまえようとしているのか、ボーイさんの姿がちらほら。さすがにお客さんっぽい人はほとんどいない。
この前と同じ面接室に通されると、5分ほどして朝倉さんがやってくる。100円ショップのものらしいプラスチックの籠を2つ持っていて、中にはアルミ製の名刺入れがたくさん、無造作に詰め込まれていた。
「これ全部、辞めた子の名前。この中から源氏名を選んでくれると助かる」
20、30、40…、いやもっと? 山のように積み上がった名刺入れにはどれも、ラベルで女の子の名前が貼ってある。
いったいどれだけの人がこの店で働いてきたんだろう。
いきなり選べって言われても困ってしまう。
『絵真』『くるみ』『椿』『乃亜』あたりは可愛過ぎてわたしには似合わなさそうだし、『美雪』『優花』『葵』とか比較的普通の名前は友だちや知り合いとかぶってるから、使いたくない。『理寿』『彩葉』『衣利愛』にいたっては、読み方すらよくわからないのでパス。
「これなんてどう?」
すっかり迷ってしまったわたしに代わって、朝倉さんがひとつの名前を選び出した。『知依』。
「それ、ちい、って読むんですか?」
「そう。君に似合うと思ったけど」
「もしかしてわたしが小さいからですか?」
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