泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第30話>
<第30話>
「知依ちゃんっていうんだー、かわいい名前! わたし、うらら」
朝倉さんが部屋を出て行くと早速ウェーブヘアの子が話しかけてくる。今にも踊り出しそうなうきうき弾んだ声に、うららって名前がぴったりだと思った。
「新しい子が入るって聞いてたから、どんな人かなって楽しみにしてたんだー。ねぇねぇ、知依ちゃんは何歳?」
「ハタチです」
「わぁ、やっぱり! あたしもハタチなの! ここで同い年の人に会ったの、初めてー!!」
高過ぎるテンションと今にも星が飛び出しそうにキラキラ輝いている目。
わたしがちょっと引いてることにも気づかないように、うららさんはずいずい、にじり寄ってくる。人懐っこいっていうか、KYで人との距離がうまく測れないタイプなのかもしれない。
「初めまして、すみれです」
次に話しかけてきたのは黒髪ロングの女の人だった。床に手をつき、きちんとお辞儀する。
やり過ぎな礼儀正しさに圧倒された。この人もうららさんとは違うタイプのKYなのかも。
「初めまして、よろしくお願いします」
「よろしくね。わからないことがあったら、なんでも聞いて」
沙和さんからも言われたことだけど、すみれさんの言葉は沙和さんが言うよりも切実な響きで、なんでも聞いてね、というお願いよりは、なんでも聞きなさい、という命令に近かった。
「知依ちゃんはこんなふうに、待機室のあるお店で働いたこと、ある?」
「いえ………。待機室がどうこうじゃなくて、風俗自体が初めてで…………」
「えーっ! うそ!! 風俗初めてなのー!? それでいきなりソープぅ!?」
うららさんが、たれ目がちの目を限界まで見開いてのけぞった。
すみれさんが無言で口を開けた。まだ名前を知らない、ショートカットの女の子が携帯をカチカチやる手が止まった。
しばらく待機室の中にはテレビから漏れる笑い声だけが不自然に漂って、沈黙に鳥肌が立った。頬が熱くなる。
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