泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第33話>
<第33話>
「知依、お客さんだ」
待機室のドアが開き、朝倉さんがひょっこり顔を覗かせて、例のごとくぶっきらぼうに言う。
わたしはあたふた立ち上がり、いってらっしゃーい、と3人の声に見送られる。
「今からつくお客さんは、成田さん。うちやグループ店の常連ですごく優しい、いい人だよ。知依は今日が初めてだから、優しくしてくれってこっちから話してある」
とっくに覚悟を決めたはずだったのに、お客さんの元へと歩きながら、足が震える。
朝倉さんに返事をしたら口の端が引きつってぴくぴくした。これから自分の身に起こることを想像してはドキドキして恥ずかしくて、そんな葛藤はとっくに乗り越えたつもりでいてもやっぱり怖くて、心臓が爆発しそう。
朝倉さんがぽんと肩を叩き、耳もとで小さくささやいた。
「大丈夫だ、知依なら出来る」
どうして、この人の言葉はこんなに説得力を持って心の奥まで届くんだろう。
需要があるとか、キレイだとか、知依なら出来る、とか。他の人に言われても何それって思うだけだろうに、朝倉さんに言われるとほんとにそんな気がしてくる。朝倉さんの声には暗示をかける力があるのかもしれない。
成田さんは50歳過ぎぐらいの白髪混じりのおじさんで、子どもとか孫を見るような目でわたしを見つめ目じりに皴を作った。
「知依です。よろしくお願いします」
「これは随分、可愛い子だね。今日が初めてなんだって?」
「はい。頑張ります」
成田さんの手がすっと背中に伸びた。
その手のひらからはしっかり欲望の熱が放たれていて、男の人にそういう対象として見られることにまだ慣れていないわたしを戸惑わせる。
「本日のご来店誠にありがとうございます! お時間まで、どうぞゆっくりお入りくださいませ!」
いつもの無愛想さはどこへやら、朝倉さんが顔じゅうで笑いを作ってわたしと成田さんを送り出す。他のボーイたちも「いってらっしゃいませ!!」と声を合わせる。これからセックスをしに行くのを全力で見送られているんだと思うと、ぎりりと心臓が強張った。
「大丈夫だよ。緊張しないでね」
欲望のこもった手に手を引かれ、わたしは個室へ続く狭い階段を上っていく。
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