泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第39話>
<第38回>
「こっちも仕事だから、さすがにこちらにメリットがなければ、ただ面接に来ただけの女の子のためにそこまでしないわよ。2日もしっかり研修したのは、やることで店にもメリットがあるって朝倉さんが判断したから」
「メリットって、どんな?」
「それはもちろん朝倉さんが知依ちゃんに期待してるからよ。朝倉さんはああいう人だから、お世辞で君なら稼げるとか需要があるとか、言ったりしないわ。面接でもこりゃダメだなって思ったら、ハッキリ言っちゃうし。知依ちゃん、自信持っていいのよ」
沙和さんにそう言ってもらえたからこそ、朝倉さんに知依なら出来ると確信を込めて肩を叩いてもらえたからこそ、わたしは成田さんとあの階段を上っていけたんだろう。
真面目と無難と常識の中で20年間生きてきた自分だから、未だ風俗で働くことに正直抵抗はある。それでもローズガーデンの知依になったことに、これから先絶対に後悔はしない。
わたしがこれからここで行うのは、売春じゃなくてプロの手による性的サービスであり、お仕事なんだ。
「知依ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
待機室にいたのは沙和さん1人だった。
ロッカーから自分の籠を出して床に物を広げ、探し物をしているらしい。テレビは午後のワイドショーを控えめなボリュームで淡々と流していて、うららさんたちがいた時のような不穏な空気は部屋から消えていた。
「あの、他の人たちは……」
「みんな仕事ついたみたいよ。知依ちゃんは、今日はもう上がり?」
「はい。朝倉さんが、帰っていいよって」
「お疲れさま。わたしは22時までなの」
「12時から22時? ずいぶん長丁場なんですね」
「その代わり、週3だけどね。あと15分で予約の人が来るから、すぐ部屋に戻らなきゃ」
あったあった、と真新しいイソジンの箱を取り出して沙和さんが立ち上がる。沙和さんの動きにつられてスカートのアコーディオンプリーツがふわりと揺れた。
「どうだった? 初仕事は」
「すっごく緊張しました……。でも、大丈夫です。あと」
処女膜がなくなって、執着と化してわたしをきつく縛ってた恋の思いが、たしかに薄れたんだろう。さっきまでよりも体が軽い。
でも、思いが叶わないことじゃなくて、“竜希さんを好きなわたし”ではなくなったことが少し、寂しい。
その寂しささえ、いつか思い出に変わる。それは、ただ悲しいだけのことでも、意味のないことでもないはずだ。
「あと、沙和さんや朝倉さんがなんでこの仕事を続けてるのか、ちょっとわかった気がします」
「それがわかるなら、もう一人前よ」
「うそ、そんな、わたしなんてまだまだで」
「知依ちゃん。わたしなんて、のなんて、はもう禁止」
沙和さんが手を差し出す。毎日毎日、何年間もいろんな男の人の肌に触れてきた手はちっとも汚れてなくて、白くてすべすべして柔らかかった。この手で沙和さんは、偽りじゃない本物の愛を分け与えているんだと思った。
「改めて、ローズガーデンにようこそ。一緒にがんばろうね」
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