泡のように消えていく…第二章〜Urara〜<第28話>
<第28回>
帰ってすぐ、着替えるよりも化粧を落とすよりもまず、トイレに入った。友だちと一緒に妊娠検査薬を買ったことはあるけれど、自分で使うのは初めて。体温計みたいな形をしている検査薬のキャップを取り、スティック部分におしっこをかけ、キャップをはめる。心臓がバクバクうるさくて、手におしっこがついたのも気にならなかった。
ろくに待つ時間もなく、鮮やかなブルーのラインがくっきり浮かび上がる。
「何なのこれ? スペアリブにローストビーフ、こっちは寿司? 今日、誕生日とかじゃないよな?」
「ちゃんと、颯太くんの好きなカレーもあるよ」
いつものように始発に乗って帰ってきた颯太くんは、ダイニングテーブルに並んだ凝った料理の数々に喜ぶより、驚いていた。右手が耳たぶをいじっている。まずいなぁ、って思った時の颯太くんの癖だ。
「えーと、何だろ? 誕生日じゃないし初デート記念日でも初キス記念日でもないだろ。一緒に住み始めた日……も違うし」
「ざんねーん、どれもはずれ。正解は」
小さく深呼吸してから背伸びして、ピアスの嵌った耳に口を近づける。わざと小声で、ゆっくり一音一音、噛みしめるように言った。
「颯太くんがパパになるってわかった、記念日」
「は? ……え、ちょっと、それって……」
酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせ、必死で言葉を探している。明らかに慌てていた。そんな様子に、さすがの自他共に認める天真爛漫・能天気バカなわたしでも不安になる。
もちろんわたしは颯太くんの愛を信じてるし、颯太くんは子どもができたからって逃げ出すような人じゃない。でも、これは若い2人にはとてもとてもとても、大きなことだ。
「どういうことだよ。ちゃんとピル飲んでただろ?」
なんとか興奮を抑えてる声。おでこにうっすら汗が浮いている。
落ち着いて、わたし。こういう時こそ能天気バカでいなくちゃ。
「よく飲み忘れるからそのせいかなー、えへへ。ほら、この仕事してると生活が不規則だし。あれ、今日の分? ってなっちゃうんだよね」
「えへへって、お前……」
「大丈夫。ちゃんと、颯太くんの子どもだよ」
「なんでそんなことわかるんだよ」
優しく言ったつもりだろうけど、急に赤みを帯びてきた目がわたしを責めている。それに気づかないフリをして、明るく言う。
「わかるに決まってるじゃない」
「決まってるって……」
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