泡のように消えていく…第三章~Amane~<第23話>
<第23話>
「お前、本気でエスやめる気あるのかよ」
「あるよ」
「だったら、なんでこういうとこでちゃんと治療しようとしないんだよ。お前一人の力じゃ限界あるだろ?」
飛鳥の言うことはまったくもって正論で、筋の通った反論が出てこない。
病院に行かないのは、医者なんかと話したくないからだ。
医者なんてインテリ出身のお坊ちゃまで、あたしの大嫌いなコメンテーターのエラいおじさんたちと同じ人種じゃないの。そんなやつが何をしてくれるっていうのか。どうせエスにハマったあたしを見下して責めて、治療と称し過去の生い立ちから何から、根掘り葉掘り聞きたがるに決まってる。
あたしの心の傷はそんな奴らの前に晒せるものじゃない。飛鳥にだって、何も教えてないのに。夜9時台のサスペンスドラマより悲惨な生い立ちも、腰の傷の理由も。
「行くのが抵抗あるなら、俺も一緒に行くよ。だから行こう」
「いいってば」
「よくないだろ」
「ほんとにいい。今日はもう帰って!!」
思いきり声を荒げ睨みつける。飛鳥もキレるかと思ったけど、キレなかった。2つ年下なのに童顔のくせに、下に2人も年の離れた弟がいるからか、飛鳥は妙にしっかりしていて大人っぽいところがある。
「考えとけよな。あと、ゆっくり休めよ。あとでメールする」
飛鳥は素直に引き下がると、一度も振り返らずに部屋を出て行った。
カンカンカン、階段を下りる甲高い音が遠ざかっていく。しばらくしてからパンフレット片手に窓に歩み寄り、カーテンを開けると飛鳥の姿はもう見えなかった。
そばにいる時はウザいのに、突き放されれば苦しくなる。思い通りにならない感情が、悔しい。
窓を引くと少し錆びついていて、ギイィーと不愉快な音が大きく鳴った。パンフレットをまずは縦に大きく破り、次に2枚になったものを重ねて真ん中から裂く。それを何度か繰り返してちりぢりにしてから、風に流した。
『依存症に打』と丁の字の端っこがぎざぎざにちぎれている文字が、道路を挟んだ向いの家の屋根をバッグにふわり浮かび上がる。
飛鳥は近いうちにまた間違いなく、ここに来る。とっくに別れたはずの、ジャンキーの、しかもソープ嬢のあたしを心配して。いくらキレようが拒絶しようがあいつはまた懲りずにあたしの前に現れ、直視したら目が潰れそうに眩しい愛情を、容赦なくぶつけてくる。
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