泡のように消えていく…第三章~Amane~<第24話>
<第24回>
「何も今日のお給料全部をってわけじゃないの。そこからほんのちょっと、気持ちでいいのよ」
出勤して待機室に入るなり、新人の女の子と話していたすみれと目が合った。手に茶封筒を握っている。新人が助けを求める目であたしを見る。
面倒くさくてスルーしようとしたが、すみれがあたしと手に握った封筒と、躊躇している表情で何度か見比べた後、迷いを吹っ切るような顔でこっちに向かってまっすぐ歩いてくるので、スルーのしようがない。
「雨音さんも、カンパお願いします」
茶封筒は既にうっすら膨らんでいた。こんなやつに協力する誰かがいる事実にイラついてしまう。
「もう誰か入れたの?」
「4人も協力してくれたの。沙和さんと知依ちゃんなんて、1万円ずつ出してくれた。さすがみんな、こういうところに勤めてるだけあるわね。みんなで出し合えばすぐ集まると思う」
「そのカンパって、うららのだよね?」
すみれは答えない。沈黙が肯定の印だった。新人が不穏な空気を察したのか、隠れるように喫煙室に入る。
「まさか、出産費用?」
「雨音さん、うららちゃんは変わったわ。わたしも最初は、あの子が母親になるなんて無理だと思ってた。でもこの前うららちゃんと会って話して、大丈夫だって確信できたの。この子は頑張れる、って」
必死に訴える奥二重の目がたまらなくウザい。
薄い唇から放たれるきれいな言葉のひとつひとつが神経を逆なでする。人に尽くすことに酔ってる人間ほど、腹立たしいものはない。
「雨音さんにもうららちゃんのこと、信じてほしいの。今までのことは今までよ。あの子は母親になって、今まで滅茶苦茶だった分、取り返す気でいる。人って変われるの」
いったいどこでそんな能天気な考えを育んできたんだ、この偽善者は。
親になったぐらいで人間が変われるわけない。
だったら、毎日のように報道される虐待の事件はなんだっていうのか、あたしが目の前で犯されていて助けもしなかったあの母親は……?
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。