泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第6話>
<第6話>
店長から渡された手のひらサイズのメモ用紙には、ミミズがのたうち回った末ちぎれたような字で、タナカ、エレガンス、201、フリー90分……と、お客さんの名前(95%偽名)にホテル名、部屋番号、フリーか写真指名か本指名かの区別に、コース時間が書いてある。傘を差しながらホテルまで歩く間、気を付けてたつもりだけど少し濡れてしまって、字がつぶれたミミズみたいになった。
お店が入っている雑居ビルからホテル『エレガンス』へは歩いて3分。
ハルくんとは彼の家でしてたから、ラブホテルなんて1週間前まで入ったこともなかった。入り口で、中身が丸見えの古いカウンターに座ってるおばさん(というか、おばあさん)に部屋番号を言うと、はぁい、どーぞー、と場違いなほど明るい声が返ってくる。
化粧は下手だし、服は子どもっぽいし、絶対に18才以上には見えないはずなのに、このおばあさんはわたしの実年齢に気づいてないんだろうか。
それとも気づいた上でのはぁいどーぞー、なんだろうか。
ノックをすると中から『はーい』と中からおじさんの野太い声が返ってきて、早くも帰りたいと思ってしまう。
「どうぞどうぞ、入ってー」
声から想像した通りの、絵に描いたようなキモいおじさんだった。
頭、寂しい。顔、脂まみれ。お腹、妊婦さんみたい(それも双子)。口もと、なんとなく下品。飲んで待ってたのか、お酒の臭いがむわんと首筋にまとわりついて、不愉快さを顔に出さないようにするのが精いっぱい。
「まま、とりあえず座って、座って。ルームサービスでいろいろ頼んだんだぁ。ピザ、さっき来たばっかりだよぉー」
幸い、人は良さそう。でもソファーを薦める時にさりげなくお尻を撫でられて、パンツの内側がぞわぞわ粟立った。
見た目はその人が好きでそうなってるわけじゃないから、こんなことを考えちゃって申し訳ないとは思う。でも、わたしだって醜いものよりはキレイなものが好きなごく普通の女の子だ。この仕事を始めるって決めたんだからそれなりの覚悟はしてきたつもりだけれど、普段友だちとあいつキモいとかありえないとかマジ無理—とか陰口を叩きあっている人を相手にするのは、想像以上にしんどい。
キャバクラの時も初日、こういう人に当たってしまって、いきなり泣きそうになった。今はもう、泣かない。
でも、我慢できるってだけで平気なわけじゃないんだ。
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