泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第8話>
<第8話>
事務所でお給料を受け取り雑居ビルを出た時には、雨は止んでいた。
駅まで急ぐけれども、傘を持っているせいで少し走りにくい。頭の中で帰宅時間を計算する。親に怪しまれないギリギリの時間だった。
交代で来る人が遅れてしまった旨を親にメールして、次は早歩きしながらハルくんに電話をかける。
改札口まであと5分。
5分だけハルくんの声が聞ける。
「もしもし」
『もしもし、お疲れさん』
バイトの後はハルくんに電話で報告するのが2人のルール。
危ない仕事だから、今から行くよーと終わったよーはちゃんと連絡してね、って。ハルくんはいつも優しい。
『どう、今日は稼げた?』
「ううん、暇だった……。1本ついて、2万円だけ」
『1本2万! それでもすげーよ!! やっぱ、現役女子高生ってだけでプレミアつくんだな。普通のデートクラブだったらそんなに稼げねーよ?』
「そうなの?」
頭の隅を不安が過る。
ハルくんがなんでそんなこと知ってるんだろう、と。もしかしてデートクラブに行ったことがあるのかなとか、前の彼女がそこで働いていたとか……。
『客、どんなやつだった? キモいオッサン来なかった?』
「それが……、来ちゃった。嫌だったけどしょうがないよね。こんなにお金もらえるんだし」
『いや、しょうがなくねぇよ! 園香に嫌な思いさせるなんて最低だよ、そいつ』
「そんな。別に性格はいい人だったし」
『なんだよー、そいつ庇うのかよ?』
「そういうわけじゃ……」
『俺はただ、園香が嫌な思いしてるのが腹立つだけなの! キモいとかデブとかおっさんとか、デートクラブ来んなよって話』
「あはは。そこまで言わなくても」
ハルくんはちょっと口の悪いところはあるけれど、わたしには優しい。
わたしにだけ特別に、優しい。
そうだ、不安になんかなることない。ハルくんを信じなきゃ。
もっと話していたいけれど、悲しいくらい駅が近い。
「ごめん。もう駅、ついちゃった。急いで電車乗らなきゃ」
『マジか! じゃ、気を付けて帰れよ。お金、明日にな』
「うん、バイバイ」
『バイバイ――大好きだよ園香』
「……わたしも、大好き」
通話が途切れると乾いた沈黙がやってきて、いつまでも耳の中にとどめておきたいハルくんの声は、あっという間に駅の雑踏にかき消されてしまう。
それでも、胸の真ん中がほかほかとあったかい。素直に、今日もデートクラブに行ってよかったと思える。
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