泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第8話>

2015-03-27 20:00 配信 / 閲覧回数 : 971 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Sumire 泡のように消えていく… 連載小説


 

JESSIE

 

<第8話>

 

事務所でお給料を受け取り雑居ビルを出た時には、雨は止んでいた。

 

駅まで急ぐけれども、傘を持っているせいで少し走りにくい。頭の中で帰宅時間を計算する。親に怪しまれないギリギリの時間だった。

 

交代で来る人が遅れてしまった旨を親にメールして、次は早歩きしながらハルくんに電話をかける。

 

改札口まであと5分。

 

5分だけハルくんの声が聞ける。

 

「もしもし」

 

『もしもし、お疲れさん』

 

バイトの後はハルくんに電話で報告するのが2人のルール。

 

危ない仕事だから、今から行くよーと終わったよーはちゃんと連絡してね、って。ハルくんはいつも優しい。

 

『どう、今日は稼げた?』

 

「ううん、暇だった……。1本ついて、2万円だけ」

 

『1本2万! それでもすげーよ!! やっぱ、現役女子高生ってだけでプレミアつくんだな。普通のデートクラブだったらそんなに稼げねーよ?』

 

「そうなの?」

 

頭の隅を不安が過る。

 

ハルくんがなんでそんなこと知ってるんだろう、と。もしかしてデートクラブに行ったことがあるのかなとか、前の彼女がそこで働いていたとか……。

 

『客、どんなやつだった? キモいオッサン来なかった?』

 

「それが……、来ちゃった。嫌だったけどしょうがないよね。こんなにお金もらえるんだし」

 

『いや、しょうがなくねぇよ! 園香に嫌な思いさせるなんて最低だよ、そいつ』

 

「そんな。別に性格はいい人だったし」

 

『なんだよー、そいつ庇うのかよ?』

 

「そういうわけじゃ……」

 

『俺はただ、園香が嫌な思いしてるのが腹立つだけなの! キモいとかデブとかおっさんとか、デートクラブ来んなよって話』

 

「あはは。そこまで言わなくても」

 

ハルくんはちょっと口の悪いところはあるけれど、わたしには優しい。

 

わたしにだけ特別に、優しい。

 

そうだ、不安になんかなることない。ハルくんを信じなきゃ。

 

もっと話していたいけれど、悲しいくらい駅が近い。

 

「ごめん。もう駅、ついちゃった。急いで電車乗らなきゃ」

 

『マジか! じゃ、気を付けて帰れよ。お金、明日にな』

 

「うん、バイバイ」

 

『バイバイ――大好きだよ園香』

 

「……わたしも、大好き」

 

通話が途切れると乾いた沈黙がやってきて、いつまでも耳の中にとどめておきたいハルくんの声は、あっという間に駅の雑踏にかき消されてしまう。

 

それでも、胸の真ん中がほかほかとあったかい。素直に、今日もデートクラブに行ってよかったと思える。

 




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