泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第10話>
<第10話>
「雅臣、美月! もう遅い時間よ。さっさと寝なさい」
ヒートアップする2人の舌戦に耐えかねたお母さんがついに怒鳴る。ちょっとしたことでもぐずぐず涙をこぼす美月は既に涙目で、いっぱしに反抗期を迎えかけている雅臣は口を尖らせた。
「ねぇお母さん、どう思う? うちの校長、絶対変態っぽくない? 美月のやつ、いい人だって言って譲んねーんだよ」
「ケンカは明日にして早く寝ないと遅刻するわよ! あと、見た目や印象だけで人を判断しないの」
雅臣の唇がさらに出っ張って、涙目の美月がこっちに駆け寄ってきた。4年生にもなって相変わらず泣き虫弱虫の末っ子は、何かというとわたしを頼ってくる。
「お姉ちゃーん、お兄ちゃんひどいんだよ。校長先生を変態とか犯罪者とか。すっごくいい先生なのに」
「美月がそう言うなら、ほんとにいい人なんだね。ほら、お姉ちゃんのデザートあげるから、もう泣かないの」
1人分だけとっておいてもらった巨峰の小皿を差し出すと、美月は嬉しそうに口に詰め込んだ。すかさずお母さんからもう歯磨きしたじゃないと叱られ、だってお姉ちゃんが、ともごもご言っている。
援助交際をしたり、デートクラブで働くような女の子は、心に傷を負っているというのが一般論だけど、わたしにそんなものはない。温かい家族がいるし、学校では友だちと上手くいっていていじめられたりもしてないし、深い悩みもない。せいぜい、目が小さ過ぎることと唇が薄すぎることぐらいだ。
たしかに幸せなはずなのに、この生ぬるい日々は決して「生きている」と実感させてくれない。
きっとわたしの中には平凡とか安定とか、そういうものでは満足しきれない激しい怪物が潜んでいて、普通が一番だの平和が一番だの、いくら頭で納得したところで、その怪物は頷いてくれない。どうしようもないことだ。
ハルくんに出会うまでのわたしは、心臓を動かし呼吸をしていても、本当の意味で生きてはいなかったんだろう。
ハルくんは心の奥に怪物を抱え、いい子として生きるしかないわたしに命を吹き込んでくれた。
魔法でピノキオを人間に変えた妖精みたいに。
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