泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第12話>
<第12話>
「あのね、すみれさん」
形のいい唇がぽつんと動いた。うららちゃんが両手で握っているグラスの中、白っぽい氷が溶けてカランと涼しげな音を立てる。妊娠すると暑がりになるというけれど、外は木枯らしが吹いているのに、うららちゃんはアイスをオーダーした。
「わたし、本当は気づいてたんです。颯太くんがわたしのこと、好きじゃないって。お金が欲しくて利用してただけだって」
「――そう」
「気づいてて、気づかないフリをしてた。颯太くんが好きだったから。幸せを失いたくなかったから。黒も白だと思い込めば、ほんとに白になるような気がしてた」
化粧っ気のない口もとには、一カ月前にはなかった皴が刻まれていて、苦しみがこの子を大人にしてしまったんだと気づく。
成長に伴う代償は大き過ぎた。
「失って、やっとわかりました。わたしが必死で守ってたものは、こんなにも簡単に消えちゃうものだったんだって。ずっとそれにしがみついて、ほんと、むなしいことしてた」
「……」
「颯太くんのことはもういいんです。でも、この子は、産みます」
産みたい、じゃなくて、産みます。
断定的な口調に揺るぎない意志が宿っている。俯いたままだけど、その言葉は心強い。
「もう颯太くんはいないのに。一人ぼっちなのに。わたし、すごく幸せなんです。ここに赤ちゃんがいるんだ、もう一人じゃないんだ、って思ったら、じんじん力が湧いてきて。こんなわたしなんかじゃ、幸せにしてあげれないかもしれない。でもわたし、頑張れます。この子のためなら、どんなことでも」
「できるわよ。うららちゃんなら」
「そう思ってくれますか?」
ようやく本物の笑顔が見れた。つい、目頭が熱くなる。
絶対に偽善じゃないって言ったら嘘になる。本当は自分のためだって知ってる。それでもうららちゃんはわたしの希望で、うららちゃんには笑顔でいてほしかった。
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