泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第26話>
<第26話>
限界だった。
わたしをあんな凶行に駆り立てたのは、若さ故の過ちとか無鉄砲さとか、そんなよくある言葉で片付けられるものじゃない。
そいつの正体は自分ではどうしようもできない怪物で、大人になって理性で取り繕うことを覚えても、そいつは今でもちゃんと心の奥に潜んでいて、ふとした瞬間に牙を剥く。
殺せ。殺してしまえ。
怪物が命令する。抗うこともできないまま、雨音さんに掴みかかる。
小さな体のどこにそんな力が眠ってたんだろう。激しく正面から突き返され、ドンと派手な音をさせて畳に腰を打ち付けた。
「先にやったのはあんただからね」
冷めた目で見下ろされてそんなことを言われたら、もうはらわたが煮えくり返ってしょうがない。
きいいいいぃ、と獣の咆哮みたいな声がしたと思ったら、自分の喉から出たものだった。
雨音さんの短い髪を掴んで、てんでんばらばらな方向に引っ張る。雨音さんは痛みで戦意を失うことなく、頬をひっぱたいてくる。殴られれば殴られるほど、興奮はヒートアップして怪物は止まらなくなる。殺す気で爪を突き立てた。首筋にナイフで切り付けたような赤い筋が走った。
その後はもう、夢中だった。
反撃の手を掴み、押し返してくるのを力任せに振り飛ばそうとする。どちらからともなく床に倒れ、畳の上を転げ回りながら互いに髪の毛を引っ張り合ったり蹴りを繰り出したりする。後頭部を鷲掴みにされ長い髪がブチブチと何本も抜けたけれど、昂ぶった感情が痛覚を奪っていた。わたしの中心で怪物が吠える。10年間押さえつけていたそいつが、今解き放たれて暴れ出す。
「やめなさい!!」
鋭い声に2人とも動きを止めた。赤一色に塗りつぶされていた頭の中が一瞬で平静さを取り戻す。
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