泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第27話>
<第27話>
待機室の入り口に立った沙和さんが静かに怒っていた。
きれいなだけじゃなくって性格も良くって、押しも押されもしないローズガーデンの永久ナンバーワン。いつも森の中の泉みたいに静かに微笑んでいるこの人が本気で怒っているところを、今初めて見た。
「こんなところで問題起こして、朝倉さんに見つかったらまずいってわからないの!! 他の子たちにも迷惑でしょう!! 喧嘩するなら外でしてちょうだい!!」
先生みたいな口調でびしっと叱られたら、どんなに興奮してようが冷静になる。
わたしと雨音さん、どちらからともなく体を離す。
冷静になった途端、麻痺していた痛みがじわじわやってくる。乱暴に髪を引き抜かれた頭皮が焼けたようだったし、蹴りをくらった膝が青黒く変色し始めていた。
沙和さんの後ろからひょこっと、先週入ったばかりの新人ボーイが顔を出す。その目はわたしたちのほうを見ようとしない。
「雨音さんと沙和さん、今から10分後に3Pでお願いします」
さっきの騒ぎ、全部聞かれてたんだ。そう思ったら羞恥と絶望で頬が熱くなった。
10年前のことがバレないように、万が一バレたとしても誰も信じないように、完璧に『すみれ』を作り上げてきたつもりだった。『すみれ』はいつも他人のことを思いやる優しい子で、人格者。凶悪な殺人鬼の面影なんてどこにもない。
でもその長い努力を、自ら水の泡にしてしまったんだと思った。
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