泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第32話>
<第32話>
「すみれさんって、実はお嬢様でしょ? 育ち、いいですよねー?」
いきなりそんなことを言われて、面くらってしまう。
ロングドレスの胸元を直しながらこっちを見るみひろちゃんの目がわたしの内面を覗きこんでいるようで、警戒の針が一気にぴーんと上がった。
この子はいったい何を言おうとしているんだろう。
「何なの、突然。別にそんなことないわよ。ごく平均的な、普通の家庭だったし」
「ふーん。でも、N女子に通ってたんだもん。お嬢様じゃないわけないと思うけどなぁ」
後半は声がひそめられ、口元が不穏に歪んでいた。
N女子。ここ数年、忘れかけていた出身校の名前が唐突に出てきて、言葉に詰まる。
頭の中で危険信号が点滅している。
たちまち心臓の鼓動が駆け足になる。
誰なの、あなた」
「本名言っても、わかりませんよ。学年も中学も違うもん。あんな田舎だもの、あなたの名前も顔も、あの後町じゅうに知れ渡ったんですよ。N女子の2年生が彼氏をメッタ刺しにしたって、うちの高校でも大ニュースだったんだから」
「……何を言ってるのかわからないわ」
「しらばっくれても無駄ですって。10年経ってるけど、あの頃とあんまり顔、変わってないし。元気そうですね、西原園香さん」
「静かにして! 喫煙室に雨音さんいるんだから」
「そっちの声のほうが大きいですよ」
みひろちゃんがにやりと不敵に笑う。
もしこの子が本当に高校時代のわたしの顔を知っているのだとしたら、言い逃れはできない。彼女が言う通り、10年分老けたものの、わたしの見た目はあの頃とあんまり変わっていないから。
心臓がドクドクうるさく喉を刺激して、吐き気がこみあげてくる。
こういう事態を想定してなかったわけじゃない。いろんな場所からいろんな人が集まってくる東京だ。あの町から来た人に偶然バッタリ会ってしまうことだって、十分ありえる。でも、今までが大丈夫だったからこれからも大丈夫だと、なんとなく安心してしまっていた。甘かった。
「よくあんなことして、何事もなかったように生きていけますね」
思わず睨みつけると、両肩を抱いて大袈裟にのけぞる。
「おぉ、怖っ! さすが殺人犯」
「やめて!!」
「心配しないでくださいよ。誰にも言いませんから」
言葉とは裏腹に、嫌味たっぷりの笑顔はお腹に企みを抱えていることを示していた。
逃げたところで、逃げ切れるものじゃない。忘れた頃に過去は追いついてくる。
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。