泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第35話>
<第35話>
ダメだダメだ。余計なことを考えちゃいけない。好きな人を疑っちゃいけない。
だって、仮に桃花たちの言うことが当たってたとしたって、わたしは今さらハルくんへの思いを捨てられない。
わたしの中はもうハルくんでいっぱいで、ハルくんのいない日々なんて考えられなくて、ようやく手に入れたこの幸せをなんで手放すだろうか。ハルくんなしじゃ生きられないんだもの。
別れるぐらいならいっそ死んだほうがいい。
「うっそーマジ? そいつチョー最悪じゃん」
一瞬だったけど鼓膜は確実にハルくんの声を捕えて、俯けていた顔をさっと上げた。
こんなところにハルくんがいるわけない。ハルくんは今日はゼミの日だから、遅くまで大学にいるって言ってたし。ハルくんのことを考え過ぎて、幻聴まで聞こえちゃったんだ。
「ハハハ、最悪過ぎて笑えるー」
もう一度、斜め後ろからハルくんの声。振り返った。そこにハルくんがいた。
大好きな切れ長の瞳、整った横顔、ジーンズに包まれた長い脚。間違えるわけない。
そして隣には、ハチミツ色のロングヘアを揺らして歩くとってもキレイな女の子――。
「おい、何やってんだよ!!」
誰かにぶつかるのと同時に、冷や水を浴びせかけるようなとがった声がして、我に返った。
どれだけわたし、突っ立ってたんだろう。
「すみません……」
まったくもう、とブツブツ言いながらその人は通り過ぎていく。
わたしはすごすご道の片端に寄る。切れかけた街灯の黄色っぽい光が点滅しながら足もとを照らしていて、ムッとする臭いが余計に強くなった。荒くなりかけた息を整えながら、思考を整理する。
今のはハルくんだ。
あんな格好いい人が、こんな田舎に2人といるわけない。
そして隣にいた女の子は、この前マンションのエントランスですれ違ったかわいい子。あの時も今日も一瞬見ただけだったけど、自分の目には自信がある。
だいいち、仮にあの子でないとしたって、ハルくんがわたし以外の女の子と肩を並べて歩いていたという事実は変わらないんだ。
そうだ、電話……。仕事後の報告電話、忘れてた。いそいそと携帯を引っ張り出し、ハルくんにかける。じれったいほど長いコール音が続く。1回、2回、3回……。あっという間にコール音は10回を重ね、留守番電話に切り替わる。
それこそが今見たものの答えな気がして、ショックのせいで感覚がなくなりかけた指で電話を切る。
夜の街を彩る楽しげな音楽が、遠くで聞こえていた。
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