泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第35話>
<第35回>
上手くできなくて落ち込んでる人をさらに追い詰めるようなことを言わなくてもいいじゃないのと、つい朝倉さんを睨みつけていた。
まゆみさんが今にも消えそうな声を出す。
「ごめんなさい……わたし、ほんと不器用で……」
「もっと練習が必要だな。でも、笑顔はいい」
その一言で、まゆみさんの顔全体がぱっと明るくなった。褒められた笑顔で『ありがとうございます!!』と元気よく言う。
講習のたびに思うけれど、本当に朝倉さんはアメとムチの使い方が上手い。風俗嬢専門の調教師ってところ。
「わたし、2カ月前に彼氏と別れたばかりなんです」
朝倉さんが個室を出て行った後、2人で講習に使った道具を片づけていると、まゆみさんがぽつり呟いた。言うつもりじゃなかったのに、思わず口から飛び出してしまった、みたいな言い方。
裸の付き合いをすると心もあけすけになるのか、講習後の新人さんから打ち明け話をされるのは初めてじゃない。
「長く付き合ってた人で、いつか結婚したいとも思ってた。なのに、ピンサロやってることが彼にバレちゃって……」
「それで、彼は?」
「彼はわたしに、チャンスをくれました。でもわたしは、彼の思いに応えられなかった。だから、結局自分から別れを告げました」
「そう……」
風俗ではよく聞く、別に珍しくもない話。
慰めてほしいわけじゃないだろうから、相槌を打つだけにしておいた。
「この仕事に戻ってくるのも、すごい嫌でした。なんか、自分が負け組みたいで。ていうか、実際負け組だし。他に行くところがなくて、仕方なくやってるだけなんだから」
それを言うならわたしだって似たようなものだ。
プライドを持ってやってる、仕事に意義も見出している。そんなのは大義名分に過ぎないんじゃないかと、時々自分自身に疑問が噴き出して、足もとからがらがら崩れそうになる。
「でも、そんな自分を変えたいなって思いました。せっかくこの仕事してるんだもの。だったら、腹くくって頑張ろうかなって」
マットをスポンジでこすりながら吹っ切れたように言うまゆみさんの腕には、リストカットの跡だろう、糸のように細い傷がある。
最初から気づいていた。
今はそんなふうに思えても、わたしみたいにそのうち、自分のあり方を考え直したくなる時も出てくるはずだ。そもそも、そんなに強い子じゃないはずだし。
でも、ローズガーデンに来たのはこの子自身の選択の結果だ。
実際はいろんなことから逃げまくった結果、最後に残った袋小路に飛び込んだに過ぎなくても、歩いているのは自分の足だ。
そこで、立ち止まってしまうことだってできたんだから。
「どう、やっていけそう?」
「はい、頑張ります!!」
初々しくて頼もしい笑顔が輝く。今どきの若い風俗嬢も捨てたもんじゃない。
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