シリーズ<叫び>エピソード3「ヒモ」〜第17話〜
<第17回>
木嶋さんが体を反転させ、素早く起こした。
あたしの右手は木嶋さんの両手に包まれている。
啓太とは違って華奢で、でも血の巡りがいいのか大変暖かくやわらかく、あたしの小さな手をすっぽり包み込んでくれた。
「は、何言ってるんですか?」
「何言ってるも何も、一緒に来てって言ってんの」
「それじゃあまるでプロポーズじゃないですか」
「プロポーズだもん」
木嶋さんの目は、揺るがない。
客の言うことなんて絶対信じちゃいけない、好きだとか外で会いたいとか、絶対タダでヤリたいだけに決まってるんだから!! とおそらく過去にそんな経験を持っているであろういずみが豪語していたけれど、木嶋さんの大きな二重の目はしっかりあたしを捉えて離さなかったから、その言葉は何の障害もなく、すとんと心の真ん中に落ちてきた。
酔っ払ってあたしを抱き寄せる焦点の合わない目より、よほど信じられると思ってしまった。
「だってあたし風俗嬢ですよ」
「風俗ってほどの風俗じゃないでしょこれ。久美子ちゃん、客にヤラせたことある?」
「ないです。2年間、キスすら拒み続けてきました。3回に1回は要求されるけど」
「でしょ? 久美子ちゃんは、風俗嬢じゃないよ。もし風俗嬢なんだとしたら、久美子ちゃんを風俗嬢にした男が、俺は憎い」
やわらかい手に引き寄せられ、そのまま抱きすくめられていた。
身長183センチの木嶋さんは痩せっぽちの啓太と違って肉付きがほどよく、空手で鍛えたというしなやかな腹筋に受け止められて、男の人に抱きしめられる安心感に、満たされた。それは、ここ3年の啓太との生活ですっかり忘れていた感情だった。
「真面目な久美子ちゃんにひとつだけ、不真面目なお願いをしていいかな」
「なん、でしょう」
「キス、させて。それ以上は今日は何もしない」
2年間啓太のために、自分のために守ってきた唇を、あたしは躊躇なく木嶋さんに捧げた。
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