シリーズ<叫び>エピソード3「ヒモ」〜第18話〜
<第18回>
絶対泣くと思ったけど、今回に限って大の泣き虫の啓太は泣かなかった。
叱られた子どものように終始正座し、背筋をまっすぐ伸ばして、淡々と別れ話を受け入れた。
「久美子が、それでいいっていうなら……」
ボソボソと言われて、もうこれで本当にダメだと思ってしまった。
ねぇ、あなたは忘れてるかもしれないけれど、人生で最初にあたしにプロポーズしてくれた人は啓太だったんだよ?
まだ付き合ったばっかりの頃、お金が全然ないから公園デートで、噴水の前に座ってテイクアウトしたハンバーガー食べて、幸せそうな親子連れに目を細めるあたしに、啓太はこう言ったんだ。
『俺、今は無理だけどいつか絶対音楽でメシ食えるようになって、胸張って生きれるようになって、そしたら久美子と結婚するよ。幸せな家庭、作ろう。久美子は子ども、何人欲しい?』
「これ合鍵」
お揃いのキーホルダーをぶら下げた合鍵を渡すと、啓太は素直に受け取った。
出張マッサージで稼いだお金はことごとく啓太のために使ってきたから、自分のものはこの家にほとんどない。ボストンバックひとつに日用品は収まり、残りのものは段ボールに詰め込んだ。
とりあえずは木嶋さんのところに転がり込み、2人で名古屋へ移った後、住所がわかり次第荷物を送ってもらうつもりだ。
啓太にとっては非常に辛い作業になるだろうけど。これからしばらく、欝になり酔いつぶれゲロまみれの日々が待っているだろうけど。
「んじゃ、あたし、行くね」
ボストンバックを左肩にぶら下げ、啓太に背を向けた。
この部屋の名義は啓太になっているので、そのへんは問題ないんだけど、問題大ありなのはやっぱりお金。家賃光熱費スタジオ代楽器代ノルマ、その他もろもろ。
あたしがいなくなったら、啓太はどうするつもりだろう?
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