泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第38話>
<第38話>
お父さんに別れを告げ、母娘肩を並べて歩き出してまもなく、わたしは駐車場とは逆方面へ足を向ける。お母さんが聞く。
「行くの?」
口もとは笑いの形にしているけれど、目がわたしを咎めたい気持ちを押し殺している。
いつまでも忘れられなくて、そのために風俗の仕事から離れられない。
母親なんだから、叩いても怒鳴っても無理やりやめさせたっていいはずだ。「そんなことしてるから、8年経っても乗り越えられないんだ」って。
でもお母さんはそうはしない。行為だけ強制的に取り上げたら、より強く気持ちはこの場所に縛られるって、わかってるのかもしれない。
「うん、行く」
「しょうがないわね。車で待ってるから、終わったら電話しなさい」
小さく頷いて、わたしは霊園の奥へ足を進める。背中に感じるお母さんの視線が痛いけれど、引き返しはしない。
田舎の広い霊園の奥の奥、人気の少ないひっそりした場所にその墓はある。
この町で出会いこの町で結ばれ、愛し合って、将来を共に思い描いた人。
てかてか光を反射して鏡のようにうっすらわたしの顔を映し出す墓石には、読めない難しい字で戒名が彫ってある。この世からいなくなった後につけられた名前なんて、どうでもいい。わたしは手を合わせ目を瞑り、何千回何万回と口にした愛しい名前を舌の上で転がす。
久しぶり、あなた。会いに来たよ――声に出さず語り掛けると、お墓の上で枝を広げているキンモクセイの枝が風に揺られざわめいて、彼からの返事みたいだ。胸の真ん中に大量の熱が湧きあがってきて、苦しい。
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