Kiyomi〜風俗嬢の恋 vol.4〜<第12話>
<第12話>
下を向いたあたしの手に、おっさんが汗で湿った手のひらを重ねてくる。
「大丈夫だよ、僕なら仕事落ち着いたし。これからまた、ちょくちょく来てあげれるからね」
「……」
「心配しなくていいからね。おばさんになっちゃったって、僕はさおりちゃんのファンだから」
「ふざけんなよ」
見上げた目の先でおっさんがぎょっとしていた。
——何やってんだ、いけない、今は勤務中、相手は常連客。
理性が必死で叫ぶのに、堪忍袋のキレた心は、導火線に火のついた爆弾のように、ストップが効かない。
「ふざけんなよ。バカにすんなよ。こんなところで働いてる女だからって、バカにすんな」
「ちょ、ごめ、さおりちゃ」
「うるせぇよ、黙れよ。どうせお前もクズだと思ってんだろ、ゴミだと思ってんだろ、あたしのこと。風俗嬢だからって」
立ち上がって、平手でどんとおっさんの身体を突き飛ばすと、おっさんは恐れおののくように目を見開いて、それでもでかい身体はほんの少し揺れただけで、ソファーの上にとどまった。
もう1分でも1秒でも、この人の顔を見ていたくなかった。
何が勤務中だ、何が常連客だ。あたしは好きでここにいるんじゃないのに。
「出てけ。今すぐ出てけ」
「さおりちゃ、落ち着いて……」
「うるせぇよさっさと出てけよ、あたしの目の前からいなくなれ」
「さおりちゃん」
「しゃべるな、さっさと出てけっ」
吸殻が二本入った灰皿を投げつけると、おっさんは避けた拍子にバランスを崩し、ボックス席に挟まれた狭い廊下に転がった。
ガラスの灰皿が割れ、がちゃんと甲高い音が、トランスに満たされた店内の空気を破った。ミラーボールの7色に染められた床に、破片とタバコの灰が派手に散らばった。
心臓がバクバクで、頭の中は熱くて、目の前が白く煙ってよく見えない。
「何やってるんだ」
富樫さんが駆けつけてきた。ボックス席の中にいた女の子や客たちが次々顔を出し、あたしとおっさんを見つめた。
恐怖と好奇心で引きつった顔たちの中に、何を考えているのか分からないりさの目があった。
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。