Kiyomi〜風俗嬢の恋 vol.4〜<第15話>
<第15話>
忘れ物のビニール傘に手を伸ばすと、部屋の中の空気がぴりっと緊張し、りさの顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。
「あんたなんか、あんたなんか」
「清美やめて、落ち着いて」
「さおりさん」
香耶とゆかが、ほぼ同時にあたしを取り押さえようとして、もみ合った末、2人とも突き飛ばされ、固い絨毯の床に尻餅をついた。壁際で怯えているりさが、捨てないでと懇願する子猫のような目であたしを見上げた。
傘を振り上げ、何度も打ち下ろす。りさは身体を縮め、長い髪で顔を覆っていた。自分を庇うセーラー服の腕のあちこちが、すぱっと赤く切れた。赤いものが絨毯を汚した。
手足にまるで力が入らない。
怒るだけ怒って、暴れるだけ暴れて、気力をすっかり使い果たしてしまっていた。すっからかんのがらんどうに成り果てたあたしの目に、暗い天井が映る。
一人暮らしだから、8階建てマンションの最上階に位置するこの部屋に、一人でいるのは当たり前のはずなのに、妙に寒かった。
まだ8月にも関わらず、鳥肌が立っていた。カーテンの隙間から入ってくる月明かりのせいで、部屋は深海のように、あるいは墓場のように、死を連想させる青色をしていた。
鍵をかけていないドアが開いて、富樫さんが入ってきた。電気もつけないまま、死体みたくベッドに転がっているあたしを見下ろして言う。
「店はクビだ」
いつもと同じ、天気や店の話をしたり、キスしようかって抱き寄せてくる時と、同じ口ぶりだった。その口調とあらかじめ覚悟が出来ていたせいもあって、最低の結果を言い渡されても、頭の芯はカッと熱くならなかった。
「系列店に移る話もなくなった。ま、当然だな」
「……」
「りさ、訴えはしないそうだ。ちゃんと謝るんだぞ、後で」
「嫌だ」
即答だった。視界の端っこに富樫さんがいて、身長180センチの長い身体で、ずいぶん高いところからあたしを見ていた。
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