フェイク・ラブ 第二章〜Nanako〜<第38話>
<38回目>
「奈々子がそんな馬鹿な女だったなんてね」
出勤中、車の中で話す時は、源氏名である『レナ』と『晶子』と呼び合うあたしたち。だけど、今日は本名の『奈々子』と『伊織』の名前で呼び合っている。
呼び方が変わると、仕事の時はなるべく出さないようにしている地が出るのか、容赦なくズバリと言われた。
「ありえない! 客に手出すとか」
「簡単にそんなことになったわけじゃないよ、あたしだっていろいろ考えて」
「それはわかってる。でも、絶対長続きしないじゃん。風俗嬢と客の組み合わせなんて」
日曜日の午後4時台のファミレスはなかなか混んでいて、風俗嬢なんて言葉はあっという間に店内の賑々しさに吸い込まれてしまう。
他のテーブルにはカップルや若い子も多いけど、一番多いのはママ同士や家族連れ、子ども同伴のグループだ。野々花ちゃんを連れていてもあんまり周りに気を遣わなくていいから、伊織とお茶する時はよくファミレスを使う。
中にはサルみたいな声を上げて走り回っている子もいて、それに比べれば今もお子さまパンケーキをちっちゃなナイフで切り刻む遊びをしている野々花ちゃんはかなりおとなしい。
「伊織が考えてるような人じゃないよ、桜介くんは」
打ち明けたら、こう言われることは予想ついていたけれど、ここまでしっかり反対されたら、せっかく膨らみかけた恋心が少ししぼんでしまったみたいで、必死に伊織の中の桜介くん株を上げようとしていた。
「あたしだって、そいつはそんなに悪いやつじゃないと思うよ。客に手出すのは馬鹿だけど、奈々子はさすがに悪い男に引っかかるほどの馬鹿じゃない」
「馬鹿馬鹿言わないの、野々花ちゃんの教育に悪いじゃん。ね?」
唐突に名前を呼ばれた野々花ちゃんがきょとんと顔を上げ、うん、ともううん、ともつかない返事をしてまたパンケーキを切り始める。それだけ細かく切ったら、ネズミだって一口で食べれそうだ。
こんな無邪気な姿を見ていると、この子が母親の仕事に気づいてるなんて、罪悪感から来る伊織の妄想だとしか思えない。
「話を逸らさないの。悪い男だから反対なんじゃなくて、いい人だから反対なんだよ」
「いい人なのに?」
「いい人ほど、奈々子をちゃんと愛してる人ほど、これから苦しむよ。そしたら奈々子だって苦しむ。ふたり一緒に、少しずつ壊れてく」
実感のこもった口調で伊織が言った。
もしかしたら、伊織も過去にお客さんと付き合った経験があるのかなと思った。聞いたことないけど……。
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