フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第2話>
<第2回目>
顔を見られないよう下ばっかり向いているわたしに、長谷部くんは冷蔵庫を開けながら、何飲む? と聞いてきた。自然な気遣いに10年の時を超えて喉の奥が熱くなる。
「コーラ、オレンジジュース、あと麦茶もあるよ。それともあったかいコーヒーがいい?」
「じゃあ、お言葉に甘えて、麦茶」
さざ波のような青い模様が入ったおそろいのコップで、わたしは麦茶、長谷部くんはコーラを飲みながらお金をいただき、その間に、お店にインコールの電話をする。
向かい合ってしゃべっていても、長谷部くんは目の前の女の子が『柿本千幸』だってことに、全然気づかない。
お店に電話する時、『すいません、ドライバーさんからお釣り袋もらうの忘れちゃって』って、ひと芝居打って逃げ出すこともできたのに、頭の中で点滅していた危険信号が、トーンダウンしていった。
「名前なんて言うの?」
「美樹、です」
「なんていう字?」
「美しいに、難しいほうの木」
「ほんとの名前じゃないよねー?」
「えっと、それは……」
「いいよ、いいよ。無理に聞いたりしないって」
邪気のない笑顔の長谷部くんは、まさか『美樹』=『柿本千幸』だなんて、夢にも思ってないだろう。
もし隠し通せるのなら……。今だけ、今日だけ、ほんの一時でも、長谷部くんの優しさに包まれることができたら……。
とっくに好きじゃなくなったはずなのに、頭の片端で響く悪魔の甘い囁きを無視できない。
「シャワー、浴びよっか」
コップを置いて2人とも立ち上がり、脱衣所へ向かう。よく知っている軽く爽やかな口調からは、若いお客さんにありがちな緊張や戸惑いが欠片もなくて、遊び慣れてることを窺わせる。
わたしは東京に来て、風俗嬢になって以来、数えきれないほどの人とセックスしてきたけれど、長谷部くんはどうなんだろう?
これだけ格好いいんだからモテるんだろうな、こういうところで遊ぶ以外にもいっぱいの人とこういうことをしてきたのかな……。
こんなこと考えちゃうなんて、馬鹿みたい。仮にも今はお客さんなのに。
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