フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第5話>
<第5回目>
【10年前】
東京から特急と鈍行を乗り継いで3時間、私が通った高校は地方の小さな町にある。
校舎は、表側を国道に、背中側が田んぼに面していて、収穫の時期に廊下側の窓から外を眺めると、からりとした風が一面の黄金色の海に波を立て、その上をアキアカネが飛び交っているのどかな光景を見ることができる。
対して教室側の窓から見えるのは校庭、校門、学校の前を走っている片側一車線ずつの国道。国道沿いにはぽちぽちとラーメン屋やコンビニが点在しているけれど、道の向こう側はまた一面、田んぼ、田んぼ、田んぼ。
晴れて空気が澄んでいる日には、気が遠くなりそうにどこまでも続く田園風景の向こうに市街地のビルが連なっているのが見える。
ゴミゴミした大人社会から完全に切り離され、すこやかに育ちなさい、まっすぐに大人になりさいと、田舎らしいのびのびした環境で子どもたちを包み込むこの県立高校で、わたしは17才らしく、甘酸っぱくも、体を削られるように苦しい恋をしていた。
「柿本。今日、一緒に帰れる?」
帰りのHRの後、起立、礼が終わっても、友だちとのおしゃべりのためにすぐ立ち上がらず、窓の外をじっと見ていたら江口くんに声をかけられた。
外を見ていたのはぼんやりしていたわけじゃなく、ちゃんと目的があってのことだから知らず知らずのうちに険しい顔になってたかもしれない。
教室は校舎の4階、席は窓際の前から3番目。2学期に入って2回目の席替えで引き当てたこの席はかなりのお気に入りだった。
校舎が4階にあるお蔭で、窓際の席はすごく眺めがいい。下校中の長谷部くんをここからそっと見つめるのが、毎日の日課になっている。
「ごめん。今日、塾あるから」
慌ててすまなそうな表情を作って答える。
江口くんとは2週間前の文化祭以来、彼氏と彼女という関係になっていた。2週間で一緒に帰ったのは3度、デートは1度だけ、隣町に映画を観に行った。うまく会話が続かなくて気まずいムードにならないよう、互いに気を遣った半日だった。
デートがこんなに肩が凝るものだとは知らなかった。
わたしも江口くんもお互いが初めての彼氏と彼女。なのに、全然甘いムードにならないし、胸の高鳴りも覚えない。昔の人みたいに「今日からこの人と夫婦になるんだよ」と親同士に決められた相手と結婚したら、こんな感じなのかも……?
「そっか。柿本は頑張り屋だな」
「頑張り屋じゃないけど、頑張らなきゃいけないから」
ほんとは、塾は夜からで、時間を作ろうと思えば1時間か2時間は一緒にいられるのに、そうする気になれない。まだまだ付き合いたてなのに早くも江口くんの存在が疎ましくなり始めている。
「わかった、俺も勉強するよ」
「そのほうがいいよ。江口くん、東京の大学受けるんでしょ?」
「うん、頑張る。じゃ、またな」
手を振りながら遠ざかっていく江口くんに手を振り返す。江口くんは教室の入り口で待っていた友だちに取り囲まれ、冷やかされてるのか頭や背中を小突かれながら帰っていった。
わたしは視線を窓の外に戻し、また長谷部くんの姿を探す。今話している間に見逃しちゃったのかもと思うと、江口くんへ理不尽な怒りが湧いてくる。
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