フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第17話>
<10年後>
後部座席のドアを開けても冨永さんはしばらく反応しない。車中に入り、隣のシートに荷物を置く。まだ反応がない。
背もたれに寄りかかってないから寝てるわけじゃないのに。身を乗り出して運転席の様子を窺うと冨永さんは背筋を丸めてノートに何かを書きつけていた。シャープペンがノートの表面を走る、かすかな音。
「冨永さん」
「わっ!?」
跳ね上がりそうな勢いで振り返るから、逆にこっちがびっくりした。
いつもは眠そうな切れ長の目が丸くなっている。
「わ、じゃなくて。さっき電話したじゃないですか?」
「そうでしたっけ、忘れてました」
「忘れてたって……」
「いえ、あの、すいませんちょっと夢中になってて。今のお金ください」
慌てて仕事モードを装うけれど、その後もお金を数え間違えたり、お店に電話したら『るいさんと合流しました』なんて違う女の子の名前を言い出すし、明らかに動揺している。
今書いてたのはそんなにまずいものだったんだろうか?
ダッシュボードに開いたまま伏せて置かれたノートが、ちょっと気になった。車は法定速度で住宅街を走り出す。
「新宿戻ってしばらく待機です」
「はい。大丈夫ですか、道とか間違えてないですか」
「さすがにそれは平気です。ごめんなさい、今まで自分の世界にどっぷり浸かってたもんだから、急に仕事に対応できなくて」
「何書いてたんですか?」
「果たし状です」
真剣な口調で言うので、あぁ、そうなんですか、と頷きそうになった。ドリームガールには常時6〜7人のドライバーさんがいるけれど、アンダーグラウンドな世界で働く男の人だからなのか、たいがい少し変わっている。
なかでも冨永さんの変わりっぷりは群を抜いていて、「少し」どころか「ど」変人だ。
いつも同じボロ布みたいなパーカーを着ているとかお財布代わりにお金とカードを輪ゴムで束ねているとか以外にも、口調、しゃべり方、話の内容……、そういうものが。
ど変人の冨永さんなら、果たし状を書いたっておかしくない。
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