フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第17話>

2014-06-10 20:00 配信 / 閲覧回数 : 916 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : chiyuki フェイク・ラブ 連載小説


 

JESSIE

 

<10年後>

 

後部座席のドアを開けても冨永さんはしばらく反応しない。車中に入り、隣のシートに荷物を置く。まだ反応がない。

 

背もたれに寄りかかってないから寝てるわけじゃないのに。身を乗り出して運転席の様子を窺うと冨永さんは背筋を丸めてノートに何かを書きつけていた。シャープペンがノートの表面を走る、かすかな音。

 

「冨永さん」

 

「わっ!?」

 

跳ね上がりそうな勢いで振り返るから、逆にこっちがびっくりした。

 

いつもは眠そうな切れ長の目が丸くなっている。

 

「わ、じゃなくて。さっき電話したじゃないですか?」

 

「そうでしたっけ、忘れてました」

 

「忘れてたって……」

 

「いえ、あの、すいませんちょっと夢中になってて。今のお金ください」

 

慌てて仕事モードを装うけれど、その後もお金を数え間違えたり、お店に電話したら『るいさんと合流しました』なんて違う女の子の名前を言い出すし、明らかに動揺している。

 

今書いてたのはそんなにまずいものだったんだろうか?

 

ダッシュボードに開いたまま伏せて置かれたノートが、ちょっと気になった。車は法定速度で住宅街を走り出す。

 

「新宿戻ってしばらく待機です」

 

「はい。大丈夫ですか、道とか間違えてないですか」

 

「さすがにそれは平気です。ごめんなさい、今まで自分の世界にどっぷり浸かってたもんだから、急に仕事に対応できなくて」

 

「何書いてたんですか?」

 

「果たし状です」

 

真剣な口調で言うので、あぁ、そうなんですか、と頷きそうになった。ドリームガールには常時6〜7人のドライバーさんがいるけれど、アンダーグラウンドな世界で働く男の人だからなのか、たいがい少し変わっている。

 

なかでも冨永さんの変わりっぷりは群を抜いていて、「少し」どころか「ど」変人だ。

 

いつも同じボロ布みたいなパーカーを着ているとかお財布代わりにお金とカードを輪ゴムで束ねているとか以外にも、口調、しゃべり方、話の内容……、そういうものが。

 

ど変人の冨永さんなら、果たし状を書いたっておかしくない。

 

 

 




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