フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第36話>
<36回目>
「山梨です」
嘘をつく時は、何から何まで嘘のことを言わないで、肝心なところだけ嘘をついて後は本当のことを言うのがバレないコツだ。キャバクラの時、先輩の女の子から教わった。
長谷部くんのテンションは、わたしの想像以上に上がる。
「えーマジ!? どこいらー!?」
「K町です」
さすがにここから先は本当のことは言えない。実家のふたつ隣の町の名前を挙げると、長谷部くんはさらに身を乗り出してくる。
「えっ嘘、俺ん家の近くなんだけど」
「そうなんですか?」
「あれ、美樹ちゃんっていくつだったっけ? 同い年じゃなかった?」
「えっと。長谷部さん、何歳でしたか?」
とぼけるふりをしながら素早くネックレスをつける。話がまずい方向に流れてきた。早くここを出たほうがいい。
わたしの気持ちとは裏腹に、一度火がついた長谷部くんの好奇心は止まらない。
「27歳だよー。たしか美樹ちゃんも27歳って言ってたよね、タメじゃん! ねぇねぇ高校どこだった?」
「えっと、それはさすがに……」
「いいじゃん、教えてよー。もう、相当呼んでるよ俺」
相当呼んでるっていってもたったの5回じゃないか、それだけで調子に乗って。
長谷部くんを、初めて他のお客さんと同列に置きながら、怒りが湧いてくるのを感じてた時、照明を落とした部屋の中でこれだけはあの頃と変わらず今も見るだけでわたしの胸をじんじん痺れさせる、涼しげな目が丸まった。
「ねぇ、もしかして君って……」
「……」
「ちょっと、よく顔見せて。俺の知ってる人かも?」
「失礼します」
心臓が16ビートを刻みだした。
なんで今までキスしたって、セックスしたって、気づかなかったくせに、この期に及んでいきなり思い出しちゃうんだろう?
彩菜に朋子に沙紀、お父さんお母さんお姉ちゃん。あの町に捨ててきた人たちの顔が次々浮かぶ。
今、長谷部くんがあの町とどの程度の繋がりがあるかわからないけれど、地元の人に一人知られてしまうってことは、あそこにいるすべての人にバレる可能性ができるってことだ。
逃げるように、いやまさにリビングを逃げ出て玄関に向かう。
ドキドキしてるせいで指が上手く動かなくて、ブーツのジッパーを上げるのに苦労する。背中に長谷部くんの貫くような視線が刺さっている。
「じゃあ、今日はどうもありがとうございました」
「ね、ひょっとして、かき……」
「失礼します」
二度目の失礼しますは必要以上にきついトーンで響いた。
ドアを閉める時、これでもう生涯見ることのない顔を無意識のうちに瞳に焼き付けていた。
大好きだった、今でも大好きな涼しげな目が、びっくりしていた。
やっぱりNGにしよう。仕方ない。
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