フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第6話>
<6回目>
「あの、すいません、ちょっと」
青ざめた顔の莉緒が駆け寄ってくる。
店で一番若い莉緒はまだ22歳。うちの服を着れば、26歳には見えちゃうけれど。
莉緒が「これ見て下さい」とせかせかした手つきで、ワンピースを広げる。
昨日入ってきたばかりで、ベビーピンクの花柄が春らしいイチオシ商品の襟口に、赤い口紅がべったりついている。
「うっそー!! やられた……」
美和子があたしの代わりに言ってくれた。
真っ赤な汚れが恨めしくて、できることならその場にへなへな座り込みたかった。
ブラウスやワンビースなど、被り物の試着の時はお客様にフェイスカバーを使ってもらうのが大原則。店員は試着の後、服を汚されていないか確認しなきゃいけない。誰かがその確認を怠ると、こんなことが起こる。
犯人捜しはあんまり気が進まないけれど、店長としての義務がある。なるべく嫌な言い方にならないよう気を付けて聞いた。
「えー、誰だろ? 莉緒ちゃん、このワンビース試着させてないよね?」
「ないです。わたしが知る限り、昨日から一度も試着されたお客様はいないです」
「あたしも知らない。高過ぎるんだよ、これ。可愛いからみんな手に取るんだけど、値段見て引いちゃうの」
美和子が、ワンピースの首後ろ部分についている値段タグをめくる。
24000円。
マダムやキャリアウーマン御用達の百貨店ならこの値段でも売れるんだろうが、ここは若い子が圧倒的に多い新宿の地下商店街。
隣にあるCanCam系の店では、似たようなデザインの春物ワンピースが、1/3の値段で売っている。
「たぶん早番の子だね。正直に名乗り出てくれればいいんだけどなー。明日聞いてみるね」
すっかり沈んだ顔になっている美和子と莉緒に言う。
こういう時場の空気をなるべく軽くするのも、店長の義務。
商品を試着で汚された場合、その場で気づけばお客様に買ってもらう。気づかなかった時は試着に立ち会った店員が商品代金を負担する。
もし、誰の責任か分からなかったら、その日出勤した店員たちが少しずつお金を出し合う。
去年の秋の始めにも、まったく同じことがあって、その時も犯人が名乗り出なくて、結局みんなで負担した。
実は、こいつ怪しいなという人は見当ついてたけど、言えなかった。
証拠もないのに怪しいだけで問い詰めたらパワハラになる。ほんと、責任ある立場って考えなきゃいけないことがたくさん過ぎて疲れる。
24000円を、今日出勤してる人たちで割ったら、1人いくらになるだろう?
出せない額じゃないけど、直接自分に非がない以上、イタい出費だ。
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