フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第10話>
<10回目>
そんなことを考えていたら携帯が震える。野々花手作りのミサンガも震える。画面には『ドリームガール 店長』の表示。
「もしもし」
『お待たせー。伊織ちゃん、本指入ったよ! イトウさん、いつも来る人ねー、わかる?』
「わかります」
明るい顔で受け答えしながら、内心舌打ちしていた。
イトウさんは、次の日まで痛みが続くほどの乱暴な指入れをしたり、極太バイブを持ち込んだりということはしないけれど、口臭はきついし、触り方はねちっこいし、正直苦手なお客さんだ。
とはいえ、これだけ待たされた後の仕事なんだから、ありがたい。
素早くメイクを済ませ、バック片手にドーナツ屋さんをを出る。意識して背筋を伸ばす。
頑張るよ、野々花。
あなたのためなら口の臭い客とのディープキスだって、やってやる。
「晶子さん、つきましたよ」
冨永さんの声に起こされた。
背もたれに預けていた体を起こし、きょろきょろしてしまう。車の窓の外に『新宿駅』の文字が見えた。
「んー、めっちゃ寝てた」
「ずーっと寝てましたよ。ぐうぐう言ってました。おならもしてました」
「えっマジ!?」
「嘘ですよ」
「んもー、冨永さんってば!!」
歌舞伎町のラブホでイトウさんにいつものごとくねちねち責められ、あんあんAV女優ばりの熱演で応じた後は、なんとびっくり!! 埼玉は南浦和で写真指名。
お客さんはいかにも草食男子って感じの若くておとなしい男の子で、特に嫌な思いはしなかったけれど、移動時間が長すぎた。帰りの車内ですっかり眠ってしまったらしい。
「お疲れ様でーす」
「あの、その前に清算を」
そそくさ降りようとしたら、冨永さんがちょっとびっくりした顔で振り返った。
「うわー、忘れてた!」
「一番忘れちゃいけないものですよ。まだ、寝ぼけてるんですね」
領収書に本名でサインし、お金を受け取る。22時から翌朝の始発まで、約7時間拘束されて2本、28000円。
まぁまぁか。
この業界に入りたての頃は、風俗なら毎日4万、5万稼げるものだと思ってたから、ちょっとがっかりした。ひと昔前の風俗はそれぐらい儲かったっていうけれど、不景気の波は今やこの業界にまでしっかりと押し寄せている。
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