フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第28話>
<28回目>
21時から翌朝5時まで車に乗り、60分のコース1本、10000円。本番がつけば13000円もらえるのに。
最初からそのつもりで働いているから、本デリで本番がつかないとなんだかすごく損した気分になる。まったく、本番しないなら普通のデリでいいじゃないの。
最近いつも稼ぎはこの程度だ。ま、奈々子みたく売れっ子じゃないんだからしょうがないし、お茶引かないだけましと思わなきゃ。
西口ロータリーで下りて歩き出すと、もうすっかり耳慣れてしまった歌声が聞こえてくる。
きんと空気の凍った、まだ暗い町に響くテノール。今日もいる。相変わらず大量生産のJ-POPを切って貼って繋ぎ合わせたような歌詞に、独特な響きのメロディ。
ショップ定員の習性で、ついつい着ているものをじっくり観察してしまう。
アウターは黒い革ジャン、首には無造作に巻かれたチェックのマフラー、やり過ぎないダメージ加工のブラックジーンズ。ファッションセンスは悪くない。
それにしてもなんで、毎日こんな寒い中、誰も立ち止まってくれないのに歌うんだろう? やるなら普通、夜だ。まさか本当に悪の組織の一員で、歌詞が暗号になってたりして……。んなわけないか。
退屈しのぎに想像を膨らませる。
あれできっと、昼間は仕事してる真面目な勤め人だ。
スーツを着てないし、もしかしてあたしと同じくショップ店員かも。歳は24歳か25歳。生まれはあのくっきりした顔立ちから察するに、九州より南。高校の頃音楽に目覚め大学進学を機に東京に出てバンドを結成するも芽は出ず、就活を機にバンドは解散。
適当なアパレルメーカーに就職してはみたが未だ夢を諦めきれず、ああやってストーリートで歌ってはレコード会社のスカウトから声がかかるのを待っている。
そうだ、朝にやるのもかえって目立つからってことなんじゃないかな? 夜だとこのへん、ストリートミュージシャンだらけで全方向から聞こえてくる音楽がミックスされ、わけのわからないことになってるし。
「あの、すいません」
そんなことを考えてるうちに、いつのまにか彼の横を通り過ぎている。
遠慮がちな声だった。
振り返って返事をしようとした唇が、開きかけの中途半端な形でぴたりと停止する。
ショップ店員かも九州以南出身かも未だデビューを夢見続けているかもしれない彼が、そこにいた。
「これ、落としましたけれど」
差し出されたのは野々花手作りのミサンガだった。反射的にポケットから携帯を取り出すと、カラフルな紐が端っこの3センチを残してちぎれていた。
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