フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第32話>
<第32回目>
冨永さんの声からはもう険しさは消えていた。
感情を押し殺して、殺し過ぎて、いつのまにかどこに自分の本当の気持ちがあるのかわからなくなってしまったような、声。
「俺はこの仕事を憎んでる。男も憎んでる。セックスも憎んでる」
「……」
「自分の大嫌いなものと、同じになりたくない……。そういう気持ちが、あるんだと思う。本当は俺だってむちゃくちゃ、凛を抱きしめたいのに」
「冨永さん」
「凛を仕事に送ってくの辛いよ。凛と働くの、辛いよ。でもさっき凛が言ったとおり、凛にだって事情があるから簡単に辞めろなんて言えないし、俺に辞めさせてあげる力もない。だから……、抜け出したい。凛と一緒に、こんな地獄みたいな世界から。こんな俺でも、これからも一緒にいてほしい」
絨毯のシミの辺りを力なく漂っていた冨永さんの瞳が再びあたしを見る。
「凛、わかってくれる? こんな俺でも、できない俺でも、そばにいてくれる……?」
「……嘘つき……っ!」
え、と冨永さんの唇が動いた。
溢れる涙で目がかあっと熱を持つ。
視界が歪む。喉がカラカラに渇いていく。
自分が何を言おうとしているのか、よくわかっていなかった。
「上手いこと言ったつもりだろうけど、そんなんでだまされないんだからねっ! だって、ほんとにあたしが好きだったら、したいんだったら、それでもなんとかなるはずじゃん!? 反応しないわけないじゃん!? そうじゃないってことは、違うんだ! 嘘なんだ!! やっぱり、結局、冨永さんだって、あたしを汚いって」
「だからそれは違うよ、り」
「言い訳すんな!!」
抱きしめようと両腕を広げて近寄ってくる冨永さんを思いきり突き飛ばした。
180cm超えの図体がよろよろと揺れ、困り切って潤んだ目が懇願するようにあたしを見る。それを無視して床に散らばった服を拾い集めた。なおも追いかけてくる冨永さんの手を全力で振り払い、バッグをひっ掴んで部屋を出た。
タイミング悪く鉢合わせた掃除のおばさんが、半裸のあたしを見て口をあんぐりさせる。その脇を通り過ぎ、追いかけてきた冨永さんとおばさんがぶつかったのを後目に非常階段を駆け下りる。
ホテルを飛び出して50メートルぐらい走って、駐車場に飛び込んで車の影で、服を着た。
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