泡のように消えていく…第二章〜Urara〜<第29話>
<第29回>
「産んでいい、よね?」
颯太くんが床に目を落とした。実際には数秒のはずだったけれど、何時間にも感じられるような濃ゆい沈黙が心臓をこわばらせる。さすがに怖かった。
颯太くんはまだ若い。ミュージシャンになる夢だって、結婚したり子どもを持ったりするなら諦めなきゃいけない。常識的に考えたら、こんなタイミングで妊娠なんて大反対のはずだ。そもそも、週5日ソープで働いて生挿入中出しが当たり前のわたし、お腹の子が颯太くんの子どもだって、証明できる手だてはない。
「もちろんだろ」
それでも颯太くんは、そう言ってくれた。迷いを吹っ切るような勢いで思いきりわたしを抱きしめてくれて、そしてハッと体を引く。
「ごめん、強く抱きしめちゃまずいよな。大事な体なのに」
「大丈夫だよ……ありがとう」
「そっとしよう、そうっと」
それから改めて、ゆっくり抱き寄せてくれる。愛を込めて。嬉しいのとほっとしたので、涙が頬に筋を引いた。颯太くんが泣いてんの? とあったかい手のひらで濡れた顎を包む。颯太くんの愛にすっぽりくるまれて、幸せ過ぎて頭がおかしくなりそうだった。
お腹に宿ったその存在をはっきり感じて、絶対に守ろうと誓う。この子はわたしのものであり、颯太くんのものでもあるんだ。これからずっとずっと3人で生きていくんだ。
妊娠してるんだからお酒はダメだろと颯太くんがジュースを買ってきてくれて、乾杯してからいろんなことを話し合う。お互いの親に挨拶に行かなきゃとか、籍をいつ入れるかとか、派手な結婚式はできないけどウエディングドレスとタキシードで写真ぐらいは撮ろうねとか。
未来へのキラキラした期待で頭をいっぱいにしながらベッドに入った。お腹の赤ちゃんのことを考えて、セックスはしなかった。寄り添って眠れるだけで気持ちいい。
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