泡のように消えていく…第二章〜Urara〜<第31話>
<第31回>
さっさと診察室を出て受付で次回来院の予約を取り付けてから、病院を出る。外に出た途端、昨日帰った時と同じ色の濃い西日に目を刺され、手をかざした。やる気を奪われそうなのっぺりした光に照らされながら、次はローズガーデンに向かう。
いつもは店の車に送ってもらって出勤するから、いきなり店の入り口をくぐると立ち番のボーイさんに驚いた顔をされた。フロントの中にいた朝倉さんも、普段は険しい光を湛えてる目が点になる。
「どうした、うらら。今日から生休だろ? てか、来るなら一言連絡を……」
「朝倉さん、わたし赤ちゃんができました。結婚するので、仕事上がります。今までお世話になりました」
要点を一気に並べてぺこんとお辞儀する。カランと音がして、顔を上げたら朝倉さんが床に落としてしまったボールペンをいそいそ拾ってた。
「どういうことなんだ、赤ちゃんができた? 妊娠?」
「どういうことも、そういうことに決まってるでしょう。というわけで、仕事上がらせてもらいまーす」
明るく言ってピシッと敬礼する。おどけてみせたら朝倉さんもようやく事態を飲み込んだらしい。驚きを引っ込め、たちまち目にいつもの厳しさが戻ってくる。
「相手の男にはもう言ったのか? 自分の親には?」
「もー、朝倉さんもお医者さんと同じこと言うんですねー。大丈夫ですよ、わたしもう子どもじゃないんだし。2人ともすっごく喜んでくれてるんだから」
「……なるほど。でも、今すぐ慌てて店を辞めることはないんじゃないか? 子どもを育てるとなると金もかかるだろうし。ホームページの写真だけ下げといて、長期休暇ってことにしておくとか」
今度はわたしが驚く番だ。まさか引き止められるなんて、予想もしなかった。そりゃわたしはナンバースリーだし、ひっきりなしに予約が来る人気嬢だけど。
「子どもを育てながらこの仕事をしてる人もたくさんいる。一度辞めてまた別の店に入るよりは、うちに籍を残しておいたほうがいいだろう。うららは指名も多いし、復帰した暁には店から常連客に営業できる」
「そんなこと言ってー、朝倉さんてば。ローズガーデンはわたしが抜けるとそんなに困るんですかー?」
「そういう問題じゃない」
朝倉さんの声の温度がいきなり5度下がった。正面からまっすぐ見据えられて、というか睨みつけられて、氷を突っ込まれたように背筋がヒヤッとして、伸びる。
「店のためなんかじゃない。うららのために言ってるんだ」
「――何ですか、それ」
わたしの声も低くなる。それってつまり、ローズガーデンはわたしがいてもいなくてもどうでもいいってこと?
近頃太りかけていたプライドが刺激されて、今まで逆らおうとも思わなかった朝倉さん相手に声を荒げていた。激しい感情がこの人への恐怖心を飛び越える。
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