泡のように消えていく…第三章~Amane~<第26話>
<第26話>
そのまま両手で掴みかかってくる。突き飛ばそうとするのを倍の力で押し返すと、あっけなく畳の上に倒れ、したたかに尻もちを打ってきゃっと大袈裟な声を上げる。力なさ過ぎ。
「先にやったのはあんただからね」
負けずに言い放つ。
それで正気を取り戻すかと思えば、今度はきいいいい、と黒板を爪で引っかいたみたいな奇声と共に襲い掛かってきた。また突き飛ばそうとすると、あたしの短い髪を掴んでめちゃくちゃな方向に引っ張る。頭皮が焼けるような痛みにあたしのイラつきも一気に昂ぶった。
長い髪の毛が何本か張り付いている頬を力任せにひっぱたくと、乾いた音がはじけて待機室が一瞬静まりかえる。
2、3秒、頬を押さえて顔を俯けたと思ったら、またもや奇声が耳をつんざいた。爪を立てて襲い掛かってくるのをよけたら、首筋に熱い痛みが走った。ひっかかれた。よけるのが少し遅かったら顔に傷がついたかもしれない。
やり返してやろうと振り上げた手を掴まれる。それを振り払おうとする。どちらからともなく床に倒れ、もみくちゃになりながら相手を攻撃し合った。すみれの幽霊めいた長い黒髪がもつれ、呪いのような激しい感情を湛えた目が興奮で潤んでいた。
「やめなさい!!」
鋭い声に2人同時に動きを止める。
こんな状況で誰かが間に入ってきたとして、中途半端な仲裁だったらかえってあたしもすみれも逆上しただろう。でもその声には有無を言わさず他人を従わせる静かな威厳がこもっていて、2人とも止まらずにいられなかったのだ。
「こんなところで問題起こして、朝倉さんに見つかったらまずいってわからないの!! 他の子たちにも迷惑でしょう!! 喧嘩するなら外でしてちょうだい!!」
待機室の入り口に沙和さんが立っていた。
いつでもふんわり優しいオーラを身にまとっていて、大ベテランでナンバーワン嬢にも関わらず威張り散らしたりしないで、店の女の子みんなに優しくて。
研修の時だって上手くできないから怒鳴るなんてことはなくて、いたって優しい先生なのに。こんな沙和さんの姿を2人とも初めて見るから、かあっと上り詰めていた頭が一気に冷えて、すっかり冷静になっていた。
ぽかんとしながら、どちらからともなく体を離す。
すみれの髪の毛はゴミ箱行き寸前のモップみたいになってたし、あたしは首筋もワンピースから飛び出した腕も引っかかれて出血していた。
すみれの目はもう興奮を失っているけれど、まだあたしへの敵意がぎらぎら宿っている。
何を言うべきかわからないまま口を開きかけた時、沙和さんの後ろからおずおずとボーイが顔を出した。
先週入ったばかりの新人だ。
「雨音さんと沙和さん、今から10分後に3Pでお願いします」
沙和さんの怒鳴り声もあたしとすみれのやり取りも聞かれてたらしく、ボーイの視線が困ったように床をさまよっている。
あたしは平気だけど、恥ずかしかったのかすみれの顔が真っ赤になった。
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