泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第9話>
<第9話>
地元の駅から家までは歩いて7、8分。走れば5分でつく、遠くも近くもない微妙な距離。
商店街を抜けると急に明かりが減って、足音がやたら響く住宅街をとぼとぼ歩くのは少し心細い。まだそんなに遅い時間でもないけれど。
自分の住んでいるところが田舎だと自覚したのは、いつからだろう。
長野といえば、他県の人はものすごい辺境地帯だと思うみたいだけど、地元には駅前にコンビニもスーパーもハンバーガー屋さんもあるし、電車に乗れば15分でゲームセンターも映画館もボウリング場もある繁華街に出られる。でも間違いなく、ここは田舎だ。
昼間に出かければ家の近くで3人は知った顔に会ってしまうし、どこの誰が誰とどうしたとか、噂話がひっきりなしに耳に入ってきて、プライバシーというものが全然ない。穏やかな平和が守られている代わりに窮屈で、刺激が決定的に欠けている。
「ただいま」
クツを脱ぎながらゲタ箱の上の時計を見る。思ったよりも遅くなってしまった。
お帰りー、と間延びした声がテレビの音に混ざってリビングから聞こえてくる。
「お帰り。残業お疲れ様」
ねぎらう言葉をかけてくれて、一人分だけとっておいた夕食のおかずを温め直したり、ご飯をよそったりしているお母さんの横顔に、わたしを疑う感じはちょっともない。
リビングで寛いでる家族を横目で窺いながら、ダイニングテーブルでご飯を食べる。
お父さんは新聞を読んでいて、おじいちゃんとおばあちゃんはテレビを見て笑っていて、お母さんは家計簿にボールペンを走らせている。6年生の雅臣と4年生の美月は、さっきからかなりくだらない言い争いを繰り広げていた。2人が通ってる小学校の校長先生のことで揉めていて、雅臣は彼を一見いい人っぽいけれど、実は小さな女の子にいたずらする変態野郎だと主張し、美月はそんなわけない絶対いい先生だ、と意地になっている。
家族は、長女で真面目でいいお姉ちゃんで、名門私立校に合格したわたしを信頼しきっている。この中の誰も、実はデートクラブで働いているなんて想像すらしない。この中の誰も、本当のわたしを知らない。
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