泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第37話>
<第37話>
『もしもし』
大好きな声が聞けた時は、心底ほっとした。
今夜7回目の電話でようやくハルくんは出てくれた。いつもとちっとも変わらない響きが甘く耳をくすぐる。
「ごめんね、仕事の後の報告、遅くなっちゃった」
『あー! そういえば今日、園香仕事だったよな。悪ィ、忘れてた。こっちこそごめんな、すぐ電話、かけ直せなくて』
「うん……。あのね、わたし、見たよ」
ハルくんみたいにいつも通りでいようと思ったけれど、無理だった。どうしても喉が引きつって声が裏返る。
『ん、見たって?』
「さっき、ハルくんお店の近くにいたでしょ。女の子と一緒で」
『あー、はいはい。あれ、妹』
「妹……?」
予想外の答えだった。
電波の向こうでハルくんはケタケタ笑いながら言う。
『今、こっちに遊びに来ててさー。今夜は行きたいイタリア料理の店があって前から予約してて、友だちと行くはずだったんだけどキャンセルされて。どうしても付き合ってほしいなんて言われてさ、参ったよー。女の子に人気のある店でさ、店内に男、俺だけなの!』
「へぇ。そうだったんだ」
すらすら出てくる言葉。まるで、前もって用意してあったように。
あの子とハルくんと、2人とも美男美女だけど、似てるところは少しもない。
数時間前のわたしだったら、ハルくんの言うことを素直に信じていただろう。悔しいことに、桃花とリミに植えつけられた疑いの種は、胸の奥で発芽してぐんぐん育っていた。
「妹さん来てるんだったら、教えてくればよかったのに」
『今度紹介するよ! 彼女ができたって言ったら、あいつ、喜ぶぜぇ』
「そんな。わたしなんかじゃ、嬉しくないよ。もっときれいな人だったらよかったのに、なんて思われちゃいそう」
『何言ってんだよー。園香は十分、キレーじゃん!!』
いつもと全然違わない穏やかな会話が数分続いた後、廊下を通り過ぎる家族の足音が気になって、自分から別れを告げた。
電話を切った後の沈黙はしっとり濃くて、静けさは疑いも寂しさも増幅させる。しびれを切らしたお母さんが部屋までやってきて、ノックもせずに早くお風呂に入れと急かす。
すっかりぬるくなったお湯の中で膝を抱えながら、自分を励ます。
大丈夫、似てないきょうだいなんていくらでもいる。わたしと美月だって、あんまり似てないし。
信じよう、じゃなくて、信じなきゃダメだ。
この幸せは絶対、手放したくない。
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