泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第38話>
<第38話>
<2014年 すみれ>
ウエットトラストをひとつ取ろうとして箱の上に置いていたポーチをどけたら、底に貼りついていたものがお菓子の袋の上にガサッと落ちた。
中身がチョコレートなので色が同化してしまって、一瞬正体がわからず、目を凝らす。まともに見てしまう。
「きゃあぁっ」
それが何だがわかった途端、反射的に私物籠から手を離していた。喉を悲鳴が突き破る。
ばらばらと大袈裟な音を立てて足もとにイソジンやら海綿やらお菓子やらが散らばり、はずみでウエットトラストのフタが開いて中身が何個かこぼれた。散乱している私物の間には黒光りする羽。ぴんと長い鬚。
ぶくぶく太った、大きいゴキブリだった。
よくこんなものを入れたなぁと妙に感心してしまう。拾って籠に入れる行為を想像したら、そのほうがむしろしんどいんじゃないのか。そこまでしてわたしをいじめたいのか。
「あーれー。すみれさん、どうしたんですかぁー?」
みひろちゃんのわざとらしい声がする。
振り返ってきっと睨みつける。心底楽しそうな笑顔が怒りを煽るけれど、平日の午後の暇な時間帯で待機室は飽和状態で、こんなところでキレるわけにいかない。
今ここで何か言ったら、みひろちゃんはすかさず取り巻きの新人軍団にわたしの過去を暴露するだろう
素性を隠して働ける夜の世界にすらいられなくなったら、いったいどこへ行けばいいのか。
嫌味ったらしいみひろちゃんの笑顔を無視し、しゃがんで床に散らばった荷物を片づける。少し遠くでクスクス笑いが聞こえる。
やられっぱなしは悔しいけれど、何かひとこと言ってやらなきゃ気が済まないけれど、ここで怒りを爆発させたらみひろちゃんの思うつぼだ。
みひろちゃんには話を聞いてくれる人がたくさんいて、対してわたしはこんな時に誰からも庇ってもらえない。長いこと、周りのみんなの心配をする心の優しい人格者『すみれ』を演じてきたのに、その結果がこうだ。涙をこらえていたら、肩が震えた。
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