フェイク・ラブ 第二章〜Nanako〜<第42話>
<42回目>
「破片、危ないね。片づけなきゃ」
なるべく軽い調子で言って、台所からゴミ袋を取ってきて床に屈み、ガラスの欠片を拾い集める。
背中に張り付く視線が痛くて、この人は確実に噂を知ってるんだと思う。
心から『奈々子は実は風俗嬢だった事件』を面白がってる有加が、真っ先に快晴の耳にこの衝撃的事実を入れないわけがない。
ソファから立ち上がる気配がして、つい破片を握った手が止まる。
背中の真ん中にかかる衝撃に、一瞬内臓全体が停止し、何が起こったのかわからないまま床に崩れ落ちる。
ガラスが飛び散る床におもむろに突っ込んでいったから、頬から血が吹き出し、それよりもなぜか手に握っていた破片が指の間のやわらかいところを貫いたのが痛かった。
蹴られたんだ、と理解した途端、次の衝撃がやってくる。
まるでサッカーボールにされたみたい。背中からお腹から顔から、力任せに蹴り転がされた。
「騙しやがったな、この売女!! どうせ金だけが目当てだったんだろう、俺のことなんか少しも好きじゃなかったんだろう、雨宮建設の次期社長と結婚すればセレブ妻だもんな、ブランド物だろうが、エステだろうが、海外旅行だろうが、一生贅沢できるもんな。ふざけんな!!」
痛みに耐えながら間違ってないな、と思っていた。
風俗で働き結婚を夢見るあたしにとって、結婚への不安は大勢にチヤホヤされなくなることだけじゃない。平凡なサラリーマンを相手に選んだとしたら、今より確実に収入は少なくなる。快晴を選べば、少なくとも不安のひとつは消えるだろうと、そんな打算があった。
だからこそ、少しずつ気持ちが冷めていっても快晴と付き合い続けたし、順調に進んでいく結婚話を止めようとしなかった。
家庭事情も、ドリームガールで働いてることも、ふたりのこれからに水を差すようなことは絶対言えなかった。
でも、快晴の男らしい逞しさや頼りがいや仕事への熱意、そういった部分に惹かれたのも本当だ。だから、金だけが目当てだったとか、少しも好きじゃなかったとかは違っている。
だけど、今のあたしにそれを伝える権利はない。
あたしはたしかに快晴にひどいことをした。
快晴に真正面から向き合おうしなかった。
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