フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第15話>
<第15回目>
「お金は、奨学金もらう。そしたらなんとかなるでしょう」
「そんな簡単にいかないの! 奨学金だって大した額じゃないし、だいたいあれ、返さなきゃいけないんだよ、卒業してから! 借金と同じなの!!」
横からお姉ちゃんの唾が飛んできて顔を背ける。お姉ちゃんはしっかり者でお節介で、時々ヒステリック。姉妹だけど、性格は全然似ていない。
「お金のことは抜きにして。そもそも、千幸はそんなに東京に行きたいのか?」
それまで黙っていたお父さんが静かに言って、わたしもお母さんもお姉ちゃんもお父さんのこわばった顔を見る。
滅多に怒らないけど、たまに怒ると本当に怖くて、殴られたこともある。
あれは小二の頃だったっけ? ガスコンロで遊んでるのを見つけられた時だった。手加減していたのかそんなに痛くはなかったけれど、ものすごい剣幕で怒鳴られて、わあわあ泣いてしまったわたしは、夕食の直前までしゃくりあげるのが止まらなかった。
お父さんの言葉は、お母さんやお姉ちゃんのものよりも重い。
怯みながらも頷くと、お父さんはまっすぐわたしの目を見て言う。
「理由は何なんだ」
「東京に行って、自分を変えたいの。なんかわたし、このままこの家にいてこの町にいたら、ダメになっちゃう気がする」
「意味わかんない!!」
言ってる傍からお姉ちゃんがキレだす。さすがに少し、ムカついた。いい加減に決めたことじゃない。悩んで悩んでこれでいいのかと自問自答して、まだ迷いが消えないままでも一応決めた進路だ。
「変えたいって何よ、何をどう変えるのよ」
「だから……自分自身を、だよ」
「そんなわけのわからない理由で、はいわかりましたじゃあいってらっしゃいって、言えるわけないでしょう!」
「千幸は東京の大学で何を学びたいの、どんな仕事に就きたいの」
お姉ちゃんに比べるとお母さんはいくぶん冷静だ。
でも基本的には口うるさくておしゃべりで、お姉ちゃんとよく似たタイプ。いや、お姉ちゃんがお母さんに似てるのか。わたしは誰に似たんだろう。お父さんの強さもお母さんの明るさも、まったく受け継いでいない気がする。
「それは……東京に行ってから考える」
「……ほんと、考えが甘いのね」
お母さんが呆れるように言ってお姉ちゃんがはあぁと深くため息をついた。お母さんの言葉はたしかにその通りだったから、何も言い返せない。東京に行く、そのことだけただひたすら考えていて、東京に行った後のことなんて頭になかった。
お父さんがゆっくり口を開く。
「千幸ももう大人だ、家を出て行きたいとか東京に行きたいという気持ちはよくわかる。でも今お母さんとお姉ちゃんが言ってくれたのと同じ理由で、お父さんも賛成できない」
「あのねぇ、千幸は何もわかってないみたいだから言うけれど、東京ってすごく怖いところなのよ。なんでもあるから誘惑だっていっぱいで。最初は真面目に頑張ろうって思ってた子だって、いつのまにか楽したいがために水商売を始めたりね」
「そんなことしない」
きっぱり言って斜め前のお母さんを睨みつけた。この時のわたしはまさかこの数か月後、水商売はおろか風俗嬢になるだなんて予想もしていない。体を売るような悪い仕事、何があっても絶対にしないと決めていた。
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