フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第23話>
<23回目>
「ごめん」
「ごめん……」
互いに謝ったら気まずい沈黙がやってきた。リビングのほうから、一時間ごとに音楽が流れるタイプの時計だろう、乙女の祈りのメロディが聞こえてくる。二人とも俯いたまま顔を上げられない。
沈黙を破ったのは江口くんだった。
「ねぇ」
「うん」
「キス……していい?」
思わず江口くんの顔を見つめると日焼けした面長の顔が真っ赤になっていた。江口くんはキモくもブサイクでもないけれど、どこにでもいるごく普通の顔をしている。
あんまり手入れしてない濃い眉毛、幅の広い一重の目、鷲鼻気味の鼻。長谷部くんに似たところはほんのちょっともない。
「ご、ごめん。俺、調子に乗っちゃって。柿本が初めてうちくるから、つーか女の子部屋に入れたのなんて初めてで、舞い上がっちゃって」
「謝らなくていいよ」
「ほんとごめん。嫌な思いさせて」
「嫌な思いなんかしてない」
死で謝る江口くんが可哀想になってしまってつい強い声を出していた。江口くんがまじまじとわたしを見る。まっすぐな視線から逃げられない。自分の心臓の音が鼓膜を内側から、どくどくどくどく、ものすごいスピードでノックしている。
江口くんの体が迫ってきたと思ったら、しっかりした腕に抱きすくめられていた。おそるおそる近づいてくる唇を受け止めた時、ぱきんと音を立てて恋が終わるのを感じた。
恋は相手が他の人と付き合い始めた時じゃなく、自分が別の誰かを受け入れた瞬間に終わる。切なさよりも生まれて初めて男の子とキスをしている、その事実への興奮のほうが勝って、江口くんに触れているところが火を噴いているように熱かった。
江口くんとキスをしたことで、たしかにわたしは少しだけ、長谷部くんを吹っ切れたのかもしれない。
どうしていいかわからなくてひたすら固まっているわたしに対し、江口くんは少しずつ大胆になっていく。じっとしていた唇が最初はゆっくり、次第に生き生きと、動き出す。驚くほど柔らかい舌が唇を割って入ってきた時は思わず少し声が漏れた。
びっくりしただけだったんだけれど、その声を江口くんは性的な興奮の印と受け取ったのか、江口くんの舌はさらに大胆さを増してわたしの口の中をまさぐり出す。
こういう時女の子は何をしたらいいんだろう。まったく初めてだからとりあえず江口くんの舌に自分のを絡めたり、こすりつけたりしてみる。
舌だけじゃなくて、背中に回されていた江口くんの手も動き始めた。愛おしさを込めるように背中や髪を撫でていた手がカーディガンを羽織った胸元にそっと触れて、さすがに体を離す。離れる直前、江口くんの股間が熱を持って固くなっているのに気付いていた。
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