フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第40話>
<40回目>
【10年後】
今日こそ冨永さんに話を聞いてもらいたかったのに、携帯に入ってたお店からの指示メールには別のドライバーさんの名前が表示されていた。しかも15分も遅れるという。
仕方ないので、長谷部くんのマンションのすぐ隣にあるコンビニに入り、コーヒーを買ってから煙草を吸うため外に出た。当然ながら、長谷部くんは追いかけてこない。煙草はあっという間に2本目に突入する。
煙草を吸い始めたのは、この業界に入ってすぐのことだ。今でも全然おいしくないし、我ながら似合わないと思う。それでも吸い始めの頃は、煙草を吸うことで何か別の自分になれる気がしていたんだ。
煙を吐き、空の端っこでぼんやり光を投げている半月を見つめながら、東京に来てから付き合った何人かのことを思う。
忙しさから長谷部くんへの思いを忘れかけていたわたしは、江口くんの時に覚えた嫌悪感に煩わされることもなく、男の人と付き合うことができた。
セックスに関しては仕事と同じく、どちらかっていうと嫌だけど仕方なくって感じで、求められれば応じるような感じだったけれど……。
風俗をやってることを知らなくて付き合った人も、知ってて付き合ってくれた人も、付き合ってるうちにバレた人もいた。
短い間だったけど一緒に住んだ人もいたし、結婚してほしいと言ってくれた人もいた。不倫とか略奪愛とか、ドラマチックな恋愛もなかったわけじゃない。
でも結局、長谷部くんより好きになれた人はいなかった。
高校時代の片思いを今でも引きずってるなんて、人に話したらあきれ顔をされる。
けれど事実、わたしにはずっと、長谷部くんが一番だった。好きで、大好きで、ずっと好きでいたくて、それと同じくらい、この苦しい気持ちをなんとかしたかった。
よく10代は人生で一番楽しい時期だというけれど、わたしにとっての10代はどうしようもなく不幸な時期だったと今でも思う。千の幸せに恵まれるように、そんな願いを込めてお父さんがつけてくれたこの名前。ひどい皮肉。
そんな不幸から脱したかったのに、変わりたい、変わらなきゃと思ってたのに、10年経ってもわたしは何ひとつ変わっていない。
変われない。
恋に家族に友だち……。何もかも失ってしまって、何にも手に入れられてない。
灰皿に煙草を押し付ける。白く細い煙は完全に終わってしまった恋から立ち上る弔いの煙のようで、少しだけ涙が出た。
どこかで期待していた。
フェイク・ラブ 第二章~chiyuki~<完>
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