フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第18話>
<18回目>
「あんた、いい人いないの?」
玄関で、ブーツのジッパーを上げていたら、背中でそんなことを言われたので、思わず声が裏返った。
はぁ? じゃなくて、はあぁん? って。
「いい人って何よ」
「だから、いい人。彼氏よ、彼氏」
「最初からそう言えばいいのに。何? いい人、って。言い方古すぎ」
玄関の壁にかけてある鏡を見ながらマフラーの形を整えていると、お母さんは典型的な娘の婚期を過剰に心配する親になって、べらべらまくしたてる。
「伊織まだ24歳じゃない? 世間で24歳つったら盛りじゃないの、彼氏の一人もいないなんて不健全よ。仕事に追われ、子育てに追われて、肌荒れさせて、目の下にクマつくって、早くも女を枯らしてどうするの?」
「とっくに枯れた人に言われたくなーい!!」
「真剣に聞きなさい。いつまでも若いつもりでいるだろうけど、25歳過ぎたらあっという間なのよ。あれよあれよって30歳になって、40歳になって、誰にも相手にされなくなるんだから!」
25歳過ぎたらあっという間。
なんかそれ、他でも聞いたことある気がするな。そっか、奈々子が言ってたんだっけ? 若く見えるけれど、あの子、もう27歳だからな。
「そんなこと言われたって無理だよ、忙しいんだから。野々花の面倒見て仕事して、どこにそんな余裕があるっていうの?」
「だからうち、帰ってきなさいって言ってるじゃない」
なるほど、結局最後はそこに落としこむってわけか。これは早く退散するに限る。
じゃあね、って店の商品でバーゲンで売れ残ってしまい、半ば仕方なく買ったバッグを肩に提げると、お母さんの手がバッグのポケットに伸びる。
「なんなの? これ」
サイドのポケットはちょうどいいサイズだったので携帯を入れている。その携帯にぶら下がっているのは、野々花の手作りミサンガ。今はストラップにして使っている。赤とピンクと黄色のひもが、ポケットからはみ出してぷらぷらしていた。
5歳児の作ったもろいミサンガを無遠慮に引っ張るのでひやひやしたけど、何はともあれ、お母さんの興味は、あたしの恋愛から逸れてくれたらしい。
「野々花が保育園で作ったの、ミサンガだって。ストラップに作り替えて使ってる」
「知ってるわ、これ。願いが叶うんでしょう。なんてお願い事したの」
「え? 特に」
「じゃあ、今かけとこう。よしよし、伊織に彼氏ができますように、そして今度こそ、今度こそ、まともな男に巡り合えて、ちゃんと嫁に行けますように」
興味、全然逸れてないじゃん!!
さっさとお母さんに別れを告げ、駅までの道を歩き出す。
昼間は12〜13度まで上がったらしいけれど、今はキィンと耳の穴を狭くするような木枯らしが素っ裸の街路樹を揺らしている。ダッフルコートの上のマフラーを耳まで引っ張り上げ、鼻の下まで顔を埋め込んだ。
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