フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第43話>
<43回目>
手早く作業を終えたゴミ収集車が走り出す。
保育園の屋根に逃げていたスズメが電線に戻ってきて、プラットホームの女子高生みたいにちゅんちゅんおしゃべりを再開する。
『愛情って、自然と育まれていくものなのよね。男女の間で親子の間で、人と人との間で。わたしと伊織の間にも、ちゃんと愛情が育ってるんだって、その時わかったの』
愛情。
そんな言葉をお母さんが口にするのを、初めて聞いた。もう、茶化せなかった。
『だからね、大丈夫よ、伊織。お母さんが保障する。伊織はちゃんと、子どもを愛せる母親よ。このわたしに、きちんと愛されて育ってきたんだもの。安心なさい。子どもをちゃんと愛せる母親、それ以上にいい母親になろうとなんかしなくていいし、それ以上にいい母親なんてものもいないの』
「……それで?」
『25歳は25歳らしく、自分の人生楽しめってことよ。野々花ちゃんのことばっかり考えてないで。あんたのためだけじゃないの。野々花ちゃんのためにも言ってるの』
あたしはそんなに野々花を大切にできているわけじゃない。
好きな人ができれば野々花のお迎えよりも彼と一緒にいる時間を優先してしまうし、今だって自分が辛いからって、ただそれだけの理由で、野々花を放り出しかけていた。
それでも、今はお母さんを信じようと思った。
10代の頃は親の言うことなんて何ひとつ聞かなかったけれど、今なら聞ける。
信じる人の言葉は、ちゃんと受け入れられる。
「おはようございますー。野々花ちゃん、今日はまだおねむさんですよ」
電話を切って保育園のドアをくぐると、いつも通りゆうちゃんの笑顔に迎えられる。
野々花はメールに添付された写メと同じ寝顔で、ぐっすり眠ってた。他の子たちも寝ている中、起こさないようにそっと近づき、指をつけたら吸い込まれそうに柔らかい頬に触れる。天使みたい、という月並みな比喩が浮かんだ。
さっきまで本気で逃げ出したいと思っていたことが、他人の感情のように思える。
どうしてこんなに可愛いものを置いて、どこかへ行くことができるんだろう?
野々花を失っていいわけがない。
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