フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第33話>
<第33回目>
「あの時はごめんね。本当にごめんね」
煙草を咥えたまま、冨永さんが首を振った。
美樹さんのアウト待ちで、あそこ、に来ていた。
五反田の店で一緒に働いてた頃よく2人肩を並べて煙草を吸っていた、冨永さんが告白してくれた、目黒川にかかる橋。
5年前に結局2人で見ることが叶わなかった桜が、今は川の両岸で咲き誇っている。
あと4、5日もすれば醜く散ってしまって葉桜になる、その運命を知っていて、美しい盛りの今を精いっぱい祝福するように、溢れんばかりに花をつけた両手を広げている。
昼間は花見客で溢れたであろう川岸も、さすがにこの時間は誰もいなくて、街灯の光に少し輪郭をぼやけさせた淡いピンクの塊が明け方前の闇に映えていた。時々近くを通り過ぎる車の振動がぶるんと空気を刺激する。時々ひんやりした風に花びらがさらわれ、くるくる回転しながら川へ吸い込まれていく。少しだけ寒くて、コートの襟を立てた。
「ひどかったよね、あたし。本当にいきなりいなくなっちゃって」
「いいよ」
「よくないよ」
あの日を最後に、あたしは店を辞めた。というか、飛んだ。
携帯も変えた。アパートも引き払った。すぐに次住むところが見つからず、引っ越し資金もなかったので、ウィークリーマンションに入った。
たったそれだけのことで、運命の恋だと確信していた縁はすっぱり切れてしまった。
新しい店は、上野にある激安をウリにした本番ありのホテヘルで、バックがめちゃくちゃ安いから数をこなさないとまともな金額にならず、その代わり毎日大盛況で、1日に10人以上を相手にすることもあった。忙しさが冨永さんを失った辛さを忘れさせてくれた。
「あのね。あの時本当はあたしも、冨永さんとまったく同じ気持ちだったの」
冨永さんが口から煙草を離す。あの頃より体全体に肉がついて目の下がたるんでも、煙草をつまむ関節の太い指は変わっていない。その手を握りしめたい衝動をこらえて、欄干をぎゅっとした。
「あたしも、怖かった。冨永さんと抱き合うことが、怖かった。冨永さんにああ言われて、気付いちゃった。あたしも同じだって」
「……凛」
「だから、逃げたんだ」
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