フェイク・ラブ 第二章〜Nanako〜<第29話>

2014-05-08 20:00 配信 / 閲覧回数 : 936 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Nanako フェイク・ラブ 連載小説


 

JESSIE

 

<29回目>

 

「薬の管理、わたしがしてたから。文子に薬の場所気づかれたの知らなくて……。わたしのせいだ。奈々子ごめん」

 

「いや、ばあちゃんのせいだ。ばあちゃんが……。ばあちゃんが、文子一人にして……」

 

「いいよ、どちらのせいでも」

 

やたら冷たい言い方になり、濡れた目が一気にあたしに集まる。あたしは、気まずくなって床を見た。灰色の冷たい床は、死を受け入れる場所にとてもぴったりだった。

 

「止める方法なんてなかったの、起こるべくして起こったの。お母さんの心はとっくに壊れてた、いつかはこうなるはずだったんだ。精神病患者の自殺なんて、事故みたいなものだもの。誰のせいでもない」

 

「奈々子、あんた……」

 

伯母さんが何か言いかけて、口をつぐむ。

 

あたしはもう一度お母さんの顔を見た。だいぶ老けてはいるけれど、それでもきれいな人だ。絹豆腐のように肌理の細かい白い肌、たっぷりした長い睫毛、既に色を失っているけれどそれでもふっくら艶やかな唇。

 

どことなく天使とか妖精とか、非現実的な生き物を思わせる美しさで、こんなにきれいな人には現実世界はさぞ生きづらく、苦しいことばっかりだったに違いない。

 

背中でドアが開くなり、室内の空気が変わった。入ってきたのはグレーのトレンチコート姿の背の高い男性。若い時は大学の演劇クラブの花形俳優だったという、彫りの深い整った顔。

 

全速力で走ってきたんだろう、はぁはぁと肩で息を整えながら父親は横たわる母親を一瞥し、それからあたしに向き直った。母親をちらりと見た無感情な目が、あたしから急速に理性を奪っていった。

 

「奈々子、ごめん。こんなことになったのは全部お父さんのせいだ」

 

「……ふざけないでよ!!」

 

感情が爆発する。

 

喉が破ける。涙が溢れる。泣きながらあたしは怒っていた。

 

ついに現実と向き合わず死の世界に逃げた母親に、そんな母親を見捨てた父親に、そして自分に。

 

「あたしに謝るぐらいならお母さんに謝ってよ、どうしてあたしや他の女の人を大事にしたような気持ち、お母さんに向けてやらなかったのよ」

 

他の女の人、のところであたしを取り巻く空気の質が変わり、伯母さんが刺々しい目で父親のことを見た。

 

 

 




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