フェイク・ラブ 第二章〜Nanako〜<第29話>
<29回目>
「薬の管理、わたしがしてたから。文子に薬の場所気づかれたの知らなくて……。わたしのせいだ。奈々子ごめん」
「いや、ばあちゃんのせいだ。ばあちゃんが……。ばあちゃんが、文子一人にして……」
「いいよ、どちらのせいでも」
やたら冷たい言い方になり、濡れた目が一気にあたしに集まる。あたしは、気まずくなって床を見た。灰色の冷たい床は、死を受け入れる場所にとてもぴったりだった。
「止める方法なんてなかったの、起こるべくして起こったの。お母さんの心はとっくに壊れてた、いつかはこうなるはずだったんだ。精神病患者の自殺なんて、事故みたいなものだもの。誰のせいでもない」
「奈々子、あんた……」
伯母さんが何か言いかけて、口をつぐむ。
あたしはもう一度お母さんの顔を見た。だいぶ老けてはいるけれど、それでもきれいな人だ。絹豆腐のように肌理の細かい白い肌、たっぷりした長い睫毛、既に色を失っているけれどそれでもふっくら艶やかな唇。
どことなく天使とか妖精とか、非現実的な生き物を思わせる美しさで、こんなにきれいな人には現実世界はさぞ生きづらく、苦しいことばっかりだったに違いない。
背中でドアが開くなり、室内の空気が変わった。入ってきたのはグレーのトレンチコート姿の背の高い男性。若い時は大学の演劇クラブの花形俳優だったという、彫りの深い整った顔。
全速力で走ってきたんだろう、はぁはぁと肩で息を整えながら父親は横たわる母親を一瞥し、それからあたしに向き直った。母親をちらりと見た無感情な目が、あたしから急速に理性を奪っていった。
「奈々子、ごめん。こんなことになったのは全部お父さんのせいだ」
「……ふざけないでよ!!」
感情が爆発する。
喉が破ける。涙が溢れる。泣きながらあたしは怒っていた。
ついに現実と向き合わず死の世界に逃げた母親に、そんな母親を見捨てた父親に、そして自分に。
「あたしに謝るぐらいならお母さんに謝ってよ、どうしてあたしや他の女の人を大事にしたような気持ち、お母さんに向けてやらなかったのよ」
他の女の人、のところであたしを取り巻く空気の質が変わり、伯母さんが刺々しい目で父親のことを見た。
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