フェイク・ラブ 第二章〜Nanako〜<第35話>
<35回目>
さすがに会社は、そのまま早退をした。そして、二度と出社することはないだろう。
特にこれといった資格も技術もないあたしが、すんなり再就職できるわけないけれど、もうこの会社にはいられない。
——これでついに風俗一本か。この仕事は別に悪い仕事じゃない……。
とはいえ、普通の社会とどこかで繋がってないと、なんとなく不安になる。そんな理由で真面目に大学を卒業し、真面目に就職したけれど、こうなってみると今まで努力して『普通』を維持してきたことが、ひどく馬鹿らしい。
有加を発信源にした噂は、いったいどこまで広まったのだろうか。
ひょっとしたら、もう快晴も知ってるのかもしれない。
考えると憂鬱で吐きそうだったけれど、仕事には出た。
風俗で働く女の子にはよくあることだが、自分の気分で動いているうちはアマチュアだ。風俗だってちゃんとした仕事、当日欠席なんて勝手は、自分に許さない。
1本目は桜介くんだった。
例によって、お姫様のベッドルームみたいな、白とピンクが基調のガーリーな内装のラブホテル。
「久しぶりです」
前と変わらない笑顔を見ていたら急に泣きたくなってきて、涙腺にぎゅっと力を入れる。
「もう、来ないと思ってた」
「どうして?」
「この前の電話の……。彼氏のこと。嫌な思いしたんじゃないかなって」
「そりゃ、がっかりはしてますよ」
眉を八の字にして、頑張ってカラ元気出してますみたいな感じで笑って、冷蔵庫を開けながら何か飲みますかと聞いてくる。
遠慮はせずに、オレンジジュースと言うと、細長い指がかちんとボタンを押した。
かいがいしくグラスにジュースを注いでくれる。本来ならあたしがしなきゃいけないことだけれど、この人を前にしただけで胸がいっぱいになってしまって泣かないようにするだけで精いっぱい。桜介くんの笑顔が、張りつめていた心の糸をいとも簡単に切った。
「最初から、俺にレナさんみたいな……。こんな優しくてきれいな人は無理だって、諦めてます」
ジュースが8分目まで入ったグラスを、自分の口に持っていきながら桜介くんが言う。
そんな簡単に諦めないで! もっとあたしに執着して!!
ついそう叫びたくなって、膝の上の両手を握りしめた。
「でも、これでいいんです。レナさんの顔を見るだけで、こうやってお客さんとしてレナさんのことを応援できるだけで、俺は幸せです」
「あたしのどこが、そんなにいいの?」
「うーん、どこって言えないですよね。全部ですよね。心も顔も体も、なんていうかこう、魂みたいなものも。ひとを好きになるって、そういうものじゃないんですか?」
「……桜介くん」
ついに耐えきれず、涙がこみ上げてきた。
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