フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第16話>
<第16回目>
今でもお金のために好きでもない人とキスしたりエッチしたり、悪いことだって思ってる。でも倫理観なんて、風俗をやらない理由にはならないんだ。
お金の問題があれば、切羽詰った状況があれば、どんな考えの女だってこの業界に飛び込む可能性がある。
「どうしても一人暮らししたいんだったら、K市あたりにしたら? あのへんなら大学や短大もたくさんあるし」
お姉ちゃんがこの町から電車に乗って40分でつく県庁所在地の町を挙げ、お母さんがすかさず乗っかる。
「いいじゃない。K市なら何かあってもすぐ帰ってこれるし、わたしたちもちょくちょく行ってあげられるし」
「ダメ! それじゃダメなの!」
声を大きくしたわたしにお母さんとお姉ちゃんの訝しげな視線が突き刺さる。
ダメなんだ。東京に行くのとK市に行くのとじゃ、全然意違う。なんでもある東京に行きたい、東京でいろんなことを知っていろんなものを見て成長したい、その気持ちは本当だ。
健全な若者なら、こんな田舎の町に埋もれて一生暮らしたいなんて思わないはず。
でも本当に本当の理由は、長谷部くん。模試の判定で第一希望の欄に書いたのは、風の噂で聞いた長谷部くんが受けるという大学名だ。
けどそこはわたしの今の成績からするとあまりにも高望みで、実際にE判定。だから第二希望は、わたしの頭のレベルでもすんなり受かりそうな東京の短大にした。
たとえ長谷部くんと同じ大学には通えなくても、長谷部くんがいる東京にわたしも行きたかった。ひょっとしたら東京でまた会えるかもしれない。
ひょっとしてひょっとしたら、その頃長谷部くんは地元に残してきた加恋ちゃんと別れていて、わたしも東京で暮らすうちに今よりもきれいになっていて、長谷部くんに恋愛対象として見てもらえるってことも……。
少ない可能性だ。でももしこのまま地元にいたら、来年の春から完全に東京と地元に別れてしまって、そのまま二人の人生は二度と交わらない。付き合ってもいなければ、友だちですらいないわたしと長谷部くん。離れてしまったら終わりだ。
痛々しい片思いに疲れ、吹っ切らなきゃと江口くんからの告白を受け入れる一方で、0.1%以下の可能性に縋っていた。
絶対に東京になんか行かせないという口調でお姉ちゃんが言う。
「なんでそんなに東京にこだわるのよ」
「それは……わたしを変えてくれるのが、東京だからだよ。他じゃダメなの。地元から出たことなくて23になっても実家に頼りきりのお姉ちゃんには、わかんないだろうけど」
「何それ! 高校に行かせてもらって、大学も親のお金で行くあんたにそんな偉そうなこと言う資格ない!」
「二人ともやめなさい」
怒鳴ってはいないのに剣幕のある、冷静な声。お父さんに叱られてわたしもお姉ちゃんもしゅんとなる。お父さんの目はまっすぐわたしを見ている。
「とにかく、千幸の東京行きは許可出来ない。この家から通える範囲のところじゃないと学費は一円も出さないから、そのつもりでいなさい」
「お父さんもお母さんも、別に千幸に意地悪したいわけじゃないの。千幸のことが本当に心配なのよ。わかった?」
念押しするようにお母さんが言ったけれど、唇を噛んだだけで最後まで首を縦に振らなかった。反抗期とは無縁で、いつも親の言うことをよく聞くいい子でいたわたしの、精一杯の抵抗だ。
家族のことは普通にウザくて、普通に面倒臭くて、普通に好きだ。育ててもらった恩というやつがわからないわけじゃないから、親を裏切ったり悲しませたりはしたくない。
でもそれ以上に、今のわたしには長谷部くんと一緒に東京に行くことが大事なんだ。
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